コロナ禍で在宅勤務が広がれば、地方移住が進む−。地域経済の低迷、人口減少に悩む地方では、こんな希望的観測の下、移住者受け入れに向けたプロモーションに力を入れる自治体が相次いでいる。しかし、不動産市場を冷静に見ると、移住に向けた動きは弱い。在宅勤務は限界を露呈し始め、コロナ禍で都会地からの来訪者を過剰に警戒する「村社会」の弊害もイメージを悪化させた。地方の希望は「幻想」に終わるのか。全国の住宅事情に詳しく「不動産の法則」(ダイヤモンド社)などの著書がある住宅評論家の櫻井幸雄氏が、現状を解説する。

 ▽災い転じて福と…ならず

 コロナ禍による緊急事態宣言が出た4月以降、「郊外」や「地方」に注目する人が多くなった。

 テレワークが広がれば、毎日通勤する必要がなくなる。だったら、都心から離れている分、広くて安いマンションや一戸建てを買ったり、借りたりすることができる「郊外」もわるくない。

 いや、いっそのこと地方移住はどうだろう。過疎地と呼ばれるような場所では、人口減少に歯止めをかけるため、「家賃はタダでいいから、住んで欲しい」という古い一軒家、いわゆる古民家が見つかる。

 そんな家に住むことができれば、住居費が節約できるし、物価も安そう。身近に自然があるので、毎日がキャンプ気分。古民家なので、掃除やリフォームが必要になるのだが、それを自分たちの手で行ってゆくのも楽しそう……。

 想像を膨らませ、過疎地の古民家をインターネットサイトで検索する人が増加した。その動きから、「これから地方移住が増える」という予測が出たのは、緊急事態宣言下の4月から5月にかけてのことだ。

 コロナ禍で出口が見えない不安やステイホームの不満を解消させるため、「過疎地の古民家暮らし」に一筋の光明を見いだした人が多かったのかもしれない。

 そして、地方移住に関心を持つ人が増えるのは、政府にとってもありがたい出来事だった。

 都心一極集中を改め、地方再生を進めたいと政府は考えている。その糸口が、コロナ禍でみつかった、とすれば、それはまさに災い転じて福となす……だっただろう。

 しかし、過疎地の古民家をサイトで検索する人は増えたものの、実行までは至らなかった。通勤圏の郊外で安くて広い新築マンションが売れた、という動きはあったが、遠く離れた地方に移住するという人は増えなかったのである。

 その理由は、いくつか考えられる。

 ▽バラ色ではなかったテレワーク生活

 地方移住は、思ったほど増えなかった。その理由として大きいのは、テレワークの広がり方が限定的だったことだろう。

 もちろん、一部の企業はテレワーク導入に積極的だった。NTTコミュニケーションズや日本IBMなど、率先してテレワークを取り入れる企業はあったが、「テレワークが商売になる」業種が多く、パフォーマンスの印象が拭えない。

 多くの企業において、テレワークの採用は「一部職種で、週に1日か2日の在宅勤務」というレベルにとどまっている。多くの人にテレワークは無縁で、テレワーク対象者でも週に何日かは出勤する、ということになれば、地方に移住することはできない。

 一方で、働く側から「全面的なテレワーク」を求める声が出ているか、というと、その声も小さい。

 理由は、4月と5月、否応なくテレワークを経験した勤め人たちが「テレワークといっても、よいことばかりではない」と、身をもって知ったからだろう。

 「やはり、出社し、オフィスのデスクに向かわないと仕事をする気にならない」との声があるし、「テレワークで済む人は、結局のところリストラ要員ではないか」という不安を口にする人もいる。

 夫が家に居続けることで、妻のストレスが溜まり、それに閉口したケースもありそうだ。

 テレワークになれば、毎日出勤しなくて済む。それはありがたいのだが、自宅での仕事は必ずしもバラ色ではなかったわけだ。

 ▽「田舎暮らし」が生じさせる不便さも問題に

 テレワークで田舎暮らしをしたいと思っても、なかなか踏み切れない……その理由は、他にもある。

 家事を受け持つ人(多くの場合は妻)にとっては、日々の買い物が不便であること、虫や雑草に悩まされること、田舎特有の人間関係になじめないこと、など田舎暮らしから想像される不便さはいくつもある。

 コロナ禍では、青森県で、都内から帰省した男性の生家に「さっさと帰って」と記された紙が投げ込まれる事案が発生。こうした田舎の閉鎖的な空気を嫌がる人もいる。

 ファミリー世帯にとっては、子供の教育問題も大きい。家から遠く、児童数が少ない小学校に通わせることの不安と、それに続く進学の問題を考えると、「それでも行くぞ」とは言い切れない。

 妻と子供が「今まで築いた友人関係から離れたくない」と言い出したとき、「友達とも、リモートで」と説得できる父親がどれだけいるだろうか。

 結局、田舎暮らしに憧れるのはパパだけとなりがち。で、諦めるのが普通なのである。

 ▽都心のマンション売れ行き回復

 憧れてみたものの、田舎暮らしは棚上げした人が多かったのだろう、6月以降、電車の通勤風景が復活した。が、ラッシュの具合はコロナ禍が起きる以前よりも幾分緩やかなので、甘受されている。

 ラッシュが穏やかなのは、一部の企業でリモートワークが行われていること、そして大学生がいまだにリモート授業を続けていることの影響も大きいだろう。

 各大学は、来年3月までオンライン授業を続けるところが多いようだ。今学期はオンライン授業などで通し、4月の新学期からリアル授業を本格再開。そうなれば、大学生が通勤の電車に加わる。感染のリスクが強まるが、その頃には、ワクチンや特効薬が開発されていることを望みたい。

 その頃には、通勤ラッシュを含めて、日常が戻ってくることも、真に願いたいところだ。

 コロナ禍は大きな問題だが、いずれ元に戻ると考える人が多いため、東京23区内の新築分譲マンションは売れ行きが回復している。 が、これから先の動きには不透明な点が多い。それは「経済の悪化」による影響が読みにくいからだ。

 ▽首都圏で初の「転出超過」喜べぬ理由

 コロナ禍により、飲食業、アパレル小売業を中心に倒産・廃業が増え、職を失う人は、正規・非正規共に増えている。

 職を失った人が増えれば、大都市を離れ、やむなく地方の親元に戻る人の数も増加する。その影響がすでに出ているのだろう。東京圏(東京、神奈川、埼玉、千葉の4都県)では今年7月、転出者数が転入者数を約1500人上回り、統計上で初めて「転出超過」になったことが報告された。8月も転出超過が続いている。

 都会の一極集中は、コロナ禍による緊急事態宣言や外出自粛により、図らずも改善され始めたのである。

 一極集中の改善は好ましい出来事だが、その背景(東京で職を失った人が大勢いる)を考えると、手放しで喜ぶわけにはいかない。

 もう一つ、一極集中を解消する動きも予想される。

 それは、来年度の大学新入生の動きだ。

 コロナ禍により、地方から東京や大阪の大学を目指す高校生が減り、「密な都会の大学」より、「ゆったりした地元の大学」を目指すかもしれない。

 人口が「密」な東京や大阪の大学を回避する動きがでれば、それもまた一極集中を崩し、地方再生の一助となる。

 が、東京、大阪の経済は影響を受ける。特に、これまで地方からの大学生を受け入れてきた学生向け賃貸住宅は、借り手が減り、経営が苦しくなる可能性がある。

 賃貸経営にとっては、「地方から出てくる飲食業やアパレル業に勤めていた若い層」が減り、「地方から出てくる大学生」も減ることで、二重の需要減が生じることになりそうだ。

 その結果、賃貸住宅の家賃相場が崩れれば、分譲マンションを購入して賃貸に出そうと考える投資家もマンション購入を見直す……これは、東京、大阪のマンション相場がゆっくり下がり始める動きに繋がりそうだ。

 そうなれば、便利な都心部でマンションを買いやすくなり、また、都心マンションブームが起きるかもしれない。

 コロナ禍による、不動産市況への影響は単純には進まない。そして、ボディブローのように、ゆっくり効いてくる可能性が高いため、ここから先の動きは読みにくいのである。