ヘイトスピーチ対策法施行から3年以上が経過した今、川崎市はなぜ、全国初となる刑罰をヘイトスピーチに科したのか。「地域の実情に合わせた」と福田紀彦市長が話すように、川崎はあたかもヘイトの「標的」とされてきた経緯があるためだ。先進的な条例ができた背景を探った。(共同通信ヘイト問題取材班)

 ▽表現の自由を制限されているのは被害者

 市議会で条例案を審議中の昨年12月7日、JR川崎駅前で、排外主義を唱える「日本第一党」が条例に反対する街頭宣伝をした。メンバーはブログで「左翼と在日朝鮮人のやりたい放題を阻止しよう」「在日特権条例だ」などと、デマを含む主張を繰り返してきた。

 差別に抗議する市民も黙っていない。小雨の降る中、約100人が街宣に向い、「条例に賛成、差別に罰を」と書いたプラカードを掲げた。

 第一党や他の団体によるデモや街宣、集会は13年ごろに始まり、川崎市は標的のようにされてきた。在日コリアンが多く住む地域にデモ行進しようとしたり、市議選に出馬した団体メンバーが地域で差別的な演説をしたり。

 そのたびに在日コリアンらは「なぜ公然と差別が行われるのか」と憤り、絶望を深めてきた。差別反対の声を上げた在日3世の女性は、インターネット上で顔と名前をさらされ、脅迫を受け、職場にゴキブリを送り付けられるなどの攻撃にさらされてきた。

 在日コリアンの中には、ヘイト集会や街宣に出くわさないよう外出をためらう人や、ネットの利用を控える人がいる。ヘイト問題に詳しい師岡康子弁護士は、条例成立翌日の昨年12月13日、川崎市内で講演し、こうした現象を「ヘイトによって表現の自由が侵害されている人々がいる」と指摘した。

 ヘイト規制で「表現の自由」問題を議論する際、ヘイトをどこまで規制すべきか、憲法に抵触しないか、という点が常に問題になる。しかし、この議論からはマイノリティーや被害者側の視点が抜け落ちている。師岡弁護士は、ヘイトが存在することでマイノリティーの「表現の自由」が制限されている面にも目を向けなければならない、と指摘する。

 対策法は、ヘイトをする側の表現の自由に配慮し、罰則を設けずに「理念」にとどめた。結果的にヘイトは防げなかった。

 川崎市の在日コリアンの少年たちは15年、地域を狙う2回目のデモが告知された際「俺たちがぶっ飛ばしてやる」「大人は何やってんだよ。ルールがないなら作ってよ」などと憤った。既に市民団体や地元商店街などは「ヘイトスピーチを許さない かわさき市民ネットワーク」を結成し、実効性のある制度を求めていた。

 こうした動きが背景にあり、それに呼応する形で川崎市が条例制定に動いたと言える。

 ▽「次は国の番だ」

 国が果たしていない責務を、自治体が果たしたという面もありそうだ。

 師岡弁護士は講演で、「日本の歴史上、初めて差別を犯罪とした。被害者の訴えが世論を動かし、自民を含む全会派一致で通った」と条例成立を評価。「差別はだめだという希望の光になった」と喜んだ。

 師岡弁護士は、国際人権規約(日本は1979年に批准)や人種差別撤廃条約(日本は95年に加入)が差別禁止の立法措置を求めているにもかかわらず、「日本政府はずっとこれを怠っている」と批判している。

 対策法でも禁止規定と罰則が入らなかった点を指摘し、「川崎市が被害者の盾となった。次は国の番だ。インターネット対策も立法が必要だ」とさらなる取り組みが重要だと訴えた。(続く)

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