前日産自動車会長のカルロス・ゴーン被告(65)=金融商品取引法違反と会社法違反の罪で起訴=が逃亡を最終的に決断したのは、裁判官から「会社法違反の特別背任事件は、審理開始が2021年か22年」と聞いたときだった。逃亡の成功確率は「75%」と考えていた−。弁護士の郷原信郎氏(64)が共同通信の取材に対し、昨年末まで著書出版のため前会長にインタビューしていたことや、逃亡後の前会長とやりとりした内容を明らかにした。前会長は「(逃亡の)リスクを取ろうと考えたのは、裁判の先行きが見えない上、公正な裁判を受けられるとは思えなかったからだ」と語ったという。(共同通信編集委員=竹田昌弘)

■特別背任の審理、21年か22年と聞き絶望 

 郷原氏によると、一連の事件についてマスコミで報じられる検察側の主張だけではなく、前会長側の言い分も踏まえて論評したいと考え、知人を介して申し込み、昨年11月からインタビューを続けてきた。話を聞けたのは、合計で10時間を超えたが、前会長が年末にレバノンへ逃亡したため、インタビュー内容の取り扱いについて、テレビ電話で問い合わせた。前会長は公表に同意するとともに、逃亡を決意した理由などに関する追加質問にも答えた。 

 前会長の話では、東京地裁は前会長と日産の元代表取締役、グレゴリー・ケリー被告(63)、法人としての日産の公判を今年4月からスタートさせ、金融商品取引法違反の有価証券報告書(有報)虚偽記載事件を審理し、前会長だけ起訴されている特別背任事件については、当初今年9月から審理に入る計画を立てていた。

  ところが、検察側の意向で、特別背任事件の審理開始は21年か22年になったと裁判官から告げられ、前会長は「迅速な裁判を受けられず、絶望した」と語った。さらに妻のキャロル・ナハス容疑者(53)=偽証の疑いで逮捕状=は特別背任事件を巡り、罪証隠滅を図った疑いがあるとして、原則接触禁止が前会長の保釈条件となっていたが、裁判官からは、少なくとも特別背任事件の審理が始まるまでは接触禁止が続くと言われ、前会長は逃亡するしかないと決めた。 

 郷原氏が「国外逃亡が成功する確率はどう考えていたのか」と尋ねると、前会長は「100%成功させる計画を立てたが、計画時には予想できなかったことが起きる可能性もあるので、成功確率は75%くらい」と答えた。日本で公正な裁判を受けられるかどうかについては「弁護人でさえも、公正な裁判が日本で受けられるのかと聞いたときに、はっきり受けられるとは言わない、努力するとしか言わなかった」と話したという。

 ■元検事の当初弁護人「自白すれば早く出られる」

  逃亡前のインタビューでは、前会長の報酬は年20億円前後と決めながら、有報には、実際に支払った10億円前後だけで、退職後に受け取る予定の残金を記載しなかったとする起訴内容を否認。「日本で最も高額な給与を得ていたということで、それに対する批判がかなりあった。その後、孫さんが20億円というのが出たが、2010年当時は最高額だった。減らすのに合意したのは、私の報酬の妥当性について、メディアから何度も聞かれ、いちいち時間を費やしたくなかったということ。ただ秘書室長は、私の市場価値から見た報酬額を算出し、事業年度によっては、西川(広人)前社長(66)やケリー元代表取締役が残金の支払いを約束する書類を作成したが、確実にもらえるものではなかった。オバマ米前大統領からゼネラル・モーターズ(GM)へ誘われたことがあり、西川氏らは私を引き留めるために書類を作っていたのではないか」と説明した。

  前会長は当初弁護人を務めていた元検事の弁護士から「早く(拘置所から)出たければ(罪状を)認めるしかない。今は自白して、裁判では早く出たかったから自白したと言って、ひっくり返せばいい」などとアドバイスを受けたが、そんなことは誰も信じないし「やってないことは自白しない」と言った。当初の弁護人はルノーの紹介といい、そのアドバイスは「驚きだらけだった」と述べた。 

 また日産について「西川氏が最高経営責任者(CEO)になると、業績が急降下した。ナンバー2としては優秀だったが、トップとしては良くなかった。ケリー元代表取締役が『降ろすべきだ』と言ってきた。西川氏を退任させた場合、社内に適当な後任がおらず、社外から日本人の経営者を探してくるしかなかった。ルノーとの統合は、日産のモチベーションを低下させるので、反対してきた。持ち株会社を作り、日産とルノー、三菱自動車を事業会社とすることを考えていたが、西川氏らは財団にしたいという意思が強く、持ち株会社はまだ実現していない」と振り返った。 

 郷原氏は「前会長にとっては、何年も日本から出られず、裁判に縛り付けられ、世界を飛び回るカリスマ経営者として働けないこと自体が『人質司法』だったのではないか」とみている。有報虚偽記載事件の公判が始まる今年4月、前会長へのインタビュー内容をまとめた書籍を出版する予定だったが、前会長の逃亡で白紙になったという。 

■審理が遅れる理由、説明してほしい 

 ゴーン前会長が郷原氏のインタビューで語った、特別背任事件の審理が遅れるのは、何が理由なのだろう。特別背任罪の起訴は昨年1月と4月で、東京地検の斎藤隆博次席検事はゴーン前会長を起訴した事件について「いずれも関係者間のメールや当時作成された豊富な客観的証拠を軸として、公判で立証を行おうと考えていた」と述べている(今年1月9日の記者会見)。 それなのに特別背任の審理開始は来年か、下手をすると、再来年になるという。逃亡はもちろん正当化されないが、逃亡を決断させるほど時間がかかるのはなぜなのか、地検にはしっかり説明してもらいたい。 

【ゴーン被告の起訴内容】

 起訴状によると、①金融商品取引法違反(有報虚偽記載)=ケリー元代表取締役と共謀し、2011年3月期〜18年3月期の役員報酬が計約170億円だったのに、計約78億円と記載した有報を提出した。②2008年10月、私的な投資で生じた約18億5千万円の評価損を日産に付け替えた。③②の投資を巡る信用保証で協力を得たサウジアラビア人実業家の会社に、子会社の中東日産から計約12億8400万円を送金した。④2017年7月〜18年7月には、中東日産からオマーンの販売代理店に計約11億1千万円を支出し、うち約5億5500万円を実質的に保有するレバノンの投資会社名義の預金口座に送金させた。日産に②〜④の評価損や送金額の損害を与えたとしている。