漫画「ゴールデンカムイ」がきっかけで、大学進学を決めた女性がいる。北海道白老町出身の上野風花さん(20)はアイヌの親を持つ。地域にもアイヌの血を引く人は多いが、家族とも友人とも民族の話をすることはなかった。高校3年のある日、図書館で偶然手にした漫画は、それまで頭の中に思い描いていたアイヌ像を根底から変えた。(共同通信=小川まどか)

 2020年4月に、アイヌ文化施設「民族共生象徴空間(ウポポイ)」がオープンする白老町。アイヌ文化が色濃く残るこの地で生まれ育っても、上野さんは「自分がアイヌだとは言えなかった」。学校の授業ではアイヌの暮らしを学ぶ時間があった。先生は平然とページを飛ばした。

 「えっ、なんで? 学んでもしょうがない、つまらない文化なのかな」

 寂しい気持ちにもやもやする自分がいた。アイヌの血を引くクラスメートは他にもいたはずだが「『アイヌなんか興味ない』っていうしらけた雰囲気があったと思う」

 高校卒業後は、手に職を付けるため専門学校に進学するつもりだった。地元の図書館に置かれていた「ゴールデンカムイ」を手に取るまでは。

 アイヌ民族が「カムイ(神)」とあがめたヒグマとの向き合い方。狩った動物の肉を細かく刻む料理法「チタタプ」。「アイヌなのに何も知らない。洗礼を受けましたね」。中でも小さな体で狩りをこなし、和人(アイヌ以外の日本人)と対等に渡り合うアイヌの少女「アシリパ」の姿からは誇りがにじみ出ていた。

 図書館にあるアイヌ関連書籍を夢中で読みあさり、先祖の女性が語り継いだ物語も見つけた。「つまらない文化なんかじゃない。こんなに深くて、面白い。新しい世界が一気に広がった」

 「もっと知りたい」。大学で本格的に勉強することを決意し、アイヌ民族を対象とした奨学金制度がある札幌大を受験した。入試で課された作文には「ゴールデンカムイ」を読んで芽生えたアイデンティティーに対する思いを込めた。合格した。

 幼いころ受けた差別のためか、アイヌの話をしたことがなかった父は「アイヌとして堂々とするからには覚悟を決めろ」と言ったきり。それ以上は何も口にしなかった。

 2年生になった上野さんは、文化の担い手を育てる学内の「ウレシパクラブ」で伝統の歌や舞踊に力を入れる。「イベントで踊るのを父が見に来てくれた時はうれしかった」。クラブを発足させた本田優子教授は「アイヌの若者にとって『ゴールデンカムイ』の存在は大きい。豊富な参考文献を基に描かれており、これまでになかった作品だと思う。文化の継承は多くの人が価値を認めることで可能になる」と高く評価、授業にも取り入れている。

 「私の中で日本人のアイデンティティーにアイヌが加わった」と上野さん。「アイヌ文化の面白さや奥深さを発掘してくれた。強い女の子が主人公なのもいいですよね」。大人買いした「ゴールデンカムイ」は今や教科書だ。

 卒業後の進路を聞くと「文化を広める仕事に就きたい。せっかくウポポイもできるんだから、父や地元の人にももっと知ってもらいたい」。はにかみながら語る瞳には誇りが宿っていた。

▽一口メモ「ウポポイ」

 北海道白老町のポロト湖畔に2020年4月24日にオープンするアイヌ文化施設「民族共生象徴空間」は、アイヌ語で「大勢で歌うこと」を意味する「ウポポイ」の愛称を持つ。国立の博物館や伝統的な住まい「チセ」がある集落「コタン」、慰霊施設などが整備され、政府は文化の発信拠点として年間来場者100万人を目標にしている。