「ウポポ」などと呼ばれるアイヌ民謡は、喜怒哀楽の歌から儀式の踊りに合わせるもの、農作業中に歌う労働歌まで幅広い。アイヌを「音楽の民」と称する人もいる。人によってメロディーが異なり、即興で掛け声を入れることも。シントコ(漆塗りの器)のふたを囲んで座り、ふたをたたきながら、一つのメロディーをクラシック音楽の「パッヘルベルのカノン」のようにタイミングをずらしながら輪唱する「ロクウポポ」や、穀物などをきねでつくときに歌うものなど多岐にわたる。

 ときに楽しげに、ときに幽玄に響く―。アイヌ民族の歌を聞いたことがありますか?(共同通信=石嶋大裕)

 ▽カモメと花

 「元々ウポポは神に歌うもの。歌うときは敬虔(けいけん)な気持ちになります」

 そう話すのは民謡などを歌うアイヌ姉妹ユニット「KAPIW&APAPPO(カピウ&アパッポ)」の床(とこ)絵美さん(46)だ。2011年に妹の郷右近(ごううこん)富貴子さん(44)と結成。きっかけは、母と友人の言葉だった。東京から帰省していた絵美さんと、地元・釧路市の阿寒湖の観光船で歌を披露していた富貴子さんは「2人でライブをしてみたら」と勧められ、同年8月に北海道釧路市の老舗ジャズ喫茶で初めてのライブを行った。ユニット名は子どもから使っていた2人のペンネームから。アイヌ語で「カモメと花」の意だ。

 ▽シマフクロウの鳴き声をまねて

 その後、道内各地や東京、京都、岡山で活動、さらにスペインやキルギスなど、海外にも場を広げた。今年2月には阿寒湖で開かれた「ウタサ祭り」に参加した。他の歌い手とともに歌やアイヌ伝統の口琴「ムックリ」の演奏を披露。凍り付き雪に覆われた湖上に夜までアイヌ語の歌が響き続ける。フーンコ、フンコー、フーンコッ―。シマフクロウの鳴き声をまね、控えめな抑揚で短いフレーズが繰り返される。細かいビブラート。低く幽玄な歌声に、観客は聞き入っていた。

 2人にとってウポポは幼少期から身近な存在だったという。生まれ育った集落「阿寒湖アイヌコタン」は民族工芸品店などが立ち並び、エカシ(古老)たちの歌がいつも流れていた。大人と山菜採りに行けば森の奥からアイヌの楽しそうな歌声が聞こえてくる。自然と体に染みこんでいく環境に恵まれていた。

 ▽歌うことで心を継ぐ

 明治時代以降、アイヌは伝統的な暮らしを禁じられてきた。「フチ(おばあさん)たちは国からアイヌのことをしてはいけないと言われてきた。部屋で頭を寄せ合い、こっそり歌っていた」と富貴子さんも母や年配の人から聞かされてきたという。今は堂々と歌えるようになったが、かつて営みの一部だったものは、必ずしも暮らしに必要なものというわけではなくなった。「アイヌ文化は終わった」と言われたこともある。

 でも絵美さんは反論する。「形は変わっても心を継ぐことはできる。歌うことで届くものがある」。人だけでなく自然や身の回りの物にも届くはず。そしてわが子にも。「真剣に取り組む親の背中を見せていきたい。きっと見ていると思うから」

 富貴子さんも「強制はしないけど、歌や踊りに触れる機会をつくって、いつかやってみたいと思ってくれればうれしい」という。カモメと花の歌は届いているか―。最近、子どもの1人が言ってくれた。「アイヌ文化を継いでいきたい」と。