子供の頃に図鑑で見たシロナガスクジラ、あるいは水族館で見たイルカやシャチなどクジラの仲間は身近に感じる人も多いだろう。ただその反面、海中でのクジラの生活はまだまだ謎に満ちている。さしずめ、顔はよく知っているが、素性のわからない海の隣人といったところである。謎に対する好奇心、また海への憧憬も手伝ってか、クジラの座礁や漂着は頻繁にニュースとして取り上げられ、そのたびに「なぜ座礁・漂着したのか?」と話題になる。その謎を現在分かっている範囲で読み解こう。(東京海洋大学鯨類学研究室准教授=村瀬弘人)

 ▽ヒゲクジラとハクジラ

 専門的な言葉の使い分けとなるが、生きたまま海岸などに乗り上がった場合は「座礁」、死んでから乗り上げた場合は「漂着」と呼ぶ。「寄り鯨」という言葉もある。縄文時代の遺跡からクジラの骨が発掘されるが、おそらく座礁・漂着した個体は貴重な食料源であったに違いない。

 クジラは哺乳類であり、その中ではカバの近縁で、最近ではカバの属する偶蹄類とまとめてクジラ偶蹄目という科学的な分類がされるようになった。クジラはヒゲクジラ類とハクジラ類の2つに大きく分けることができる。ハクジラ類は文字通り口の中に歯があり、イルカやシャチはこの仲間である。体長はマッコウクジラで18メートル、小さいイルカで1・2メートルと大きさはさまざま。社会性が強く大きな群れを構成する種が多い。一方、ヒゲクジラ類は歯の代わりにクジラヒゲがある。ヒゲといってもいわゆる髭(ひげ)ではない。ヒトの爪に似た組織からなり、これを使って餌をこし取る。最大で30メートル近くになるシロナガスクジラに代表されるように体長が10メートルを超える大型の種が多い。現在、世界ではヒゲクジラ類14種、ハクジラ類75種の計89種が確認されている。このうち約半数が日本近海に生息する。数千キロメートル離れた南極海などの極域と熱帯の間を季節回遊する種がある一方、沿岸に留まる種もある。クジラと一口に言っても、それぞれの種で特徴は大きく異なっている。

 ▽解明難しい「漂着」の原因

 クジラも生き物であり、いつかは死が訪れる。毎年、数パーセントは自然に死亡する。死体は、洋上を漂ううちに海鳥などに食べられいずれ海底に沈む。沈んだクジラは海底に生息する生物の餌となる。これは鯨骨生物群集と呼ばれる。海岸に漂着するのは死んだクジラのごく一部にすぎない。大型クジラの漂着は多くの人にとって珍しい出来事であり、大きな関心を呼ぶのだ。実はイルカの漂着は全国で見れば毎日のようにあるが、ニュースになることは少ない。

 漂着は1個体であることがほとんどだが、まれにウイルス感染などが原因となり大量の漂着も起こる。漂着した個体の多くは腐敗し、死因を特定するのは困難だ。それほど多くはないが、海外では漁網に絡まったことや、プラスチックの誤飲などの人為的な原因により死亡した個体が漂着した事例も報告されている。近年話題となっている海洋プラスチック問題への対応はクジラに限ったことではない。その使用削減とともに陸上での適切なゴミ処理方法の世界的な普及もクジラ資源の保全には重要になってくるだろう。

 漂着する個体数が増えているのか減っているのかを調べるのは大変難しい。死体の漂流には海流や季節風などのさまざまな要因が影響している。どこから流れてきたのかを特定するのは困難だ。また、漂着個体を積極的に探している地域とそうでない地域では、報告される個体数が大きく異なるという事情もある。

 ▽諸説ある座礁の原因

 生きたまま陸上に乗り上げる座礁のほとんどはハクジラ類である。数百個体もの「集団座礁」はニュースに大きく取り上げられる。9月下旬にはオーストラリア南東部のタスマニア島で、約470頭のクジラが座礁し、380頭前後が死んだと同国のメディアが報じた。11月2日にはスリランカ南西部パナドゥラでクジラ100頭前後が浅瀬に座礁したことが報道された。いずれもゴンドウクジラの仲間であり、集団座礁を起こすことで知られている。

 地磁気や地形などは座礁の自然的な原因と考えられている。多くのハクジラ類は自ら音を発し、その音が物体にぶつかり、そこから跳ね返ってきた音を聴くことにより周囲の状況を把握する。これは反響定位(エコーロケーション)と呼ばれるが、遠浅の砂浜ではこのエコーロケーションが上手く機能しないとも言われている。クジラは地磁気を頼りに回遊するという説もある。これらの説を複合し、地磁気の影響のある遠浅の砂浜でエコーロケーションが機能しなくなり座礁すると考える研究者もいる。

 一方でソナーが発する音波や毒性のある化学物質などが座礁の人為的な原因として挙がっている。座礁したクジラから毒性のある化学物質が検出されることがあるが、これが座礁に直接影響しているかについては意見が分かれる。世界のある地域では、アメリカの海軍が使用しているソナーが発する音波がクジラの座礁に関係していると言われており、多くの研究が行われている。

 日本でもマッコウクジラやカズハゴンドウの集団座礁が記録されている。これらの種は高い社会性を持つ点で共通しており、この社会的な絆が集団座礁に関係していると考えられている。座礁の原因は1つだけではなく、ここに挙げたいくつもの原因が複合しているものと思われる。実際のところ本当の原因は特定できない場合が多い。科学が進展し諸説が唱えられるようになったが、我々は紀元前に座礁について疑問を持ったアリストテレスと大きく変わらないのかもしれない。

 ▽地震との関連はなし

 自然の原因によって生じる漂着・座礁は自然の摂理であり、致し方ないことである。一方で人為的な原因により無駄にクジラを死に追いやる必要はない。過剰な保護は考えものではあるが、科学的な情報に基づきヒトの行動を制限することにより、少しでも人為的な漂着・座礁を減らし、クジラ資源を保全する努力も大切だ。

 座礁・漂着するクジラには、まだまだ謎が多い。いつ、どこで座礁・漂着が起こるかを予測することは困難だ。ただし、予測困難なことが似ているせいか、クジラの座礁・漂着と地震を結びつける流言を時折目にする。今のところ、これらの関係に科学的根拠はない。地震と座礁・漂着を安易に結びつけるのは禁物だ。