昨年12月中旬から新型コロナウイルスのワクチン配布を始めた米国。1月15日現在ですでに約3100万回分のワクチンが全米に配布されている。だが実際に接種を受けたのは、最優先グループの医療従事者および老人施設の入居者の一部で約1200万人にとどまっている。「貴重なワクチンが使われず、冷凍庫に放置されているのではないか」といった懸念から、テキサス州やフロリダ州は接種対象範囲を65歳以上の一般高齢者などに拡大した。しかし現場では、接種を希望する多数の高齢者が、限られた数のワクチンを求めてさまよう混乱が見られ、明らかな準備不足が露呈している。1月20日に発足するバイデン政権は、発足後の100日間で1億回分のワクチン接種を目標に、ワクチン供給量も増やしてスピードアップを図る方針だ。(テキサス在住ジャーナリスト=片瀬ケイ)

 ▽高齢者の長蛇の列

 年明けとともに、朝のテレビニュースで長蛇の列をなす高齢者の姿を目にするようになった。PCR検査の列かと思いきや、フロリダ州で新型コロナワクチンの接種を待つ人の列だった。コロナワクチンの接種を先着順で受け付けているその場所では、高齢者らが「5時間待ったのに、今日の分は終わったと断られた。また、明日来る」「前の日から並んでいる」などと、疲れた表情で話していた。

 テキサス州では、ワクチンの配布を受けた医療機関や薬局を示す地図をウェブサイトで公開し随時更新しているものの、統一的な接種予約システムが確立されておらず、医療従事者以外の接種を受け付けているかどうかの情報もない。このため、接種を希望する高齢者があちらこちらに問い合わせの電話をかけても、「医療者以外受け付けていません」、「ワクチンの在庫はありません」と断られる例が続出した。

 米国では昨年12月中旬から、米ファイザー社と独ビオンテック社の共同開発、および米モデルナ社と米国立衛生研究所(NIH)の共同開発の2つの新型コロナワクチンの接種が開始されている。ワクチン開発を後押ししてきた「ワープ・スピード作戦」(「米国の『ワープ・スピード作戦』とは コロナワクチン開発へ、トランプ政権の命運かけたギャンブル?」ご参照)のもと、連邦政府が全米へのワクチン配布を指揮し、疾病対策センター(CDC)が接種の優先順位ガイドラインを設定した。ただし、具体的にどこで誰に接種するかという最終判断と実際の接種計画は、各州の知事およびワクチン接種を行う施設に委ねられるというパッチワークだ。各州とも昨年10月からワクチン配布の準備に着手したとはいえ、連携やコミュニケーションが不十分で現場が混乱するという例は、PCR検査の導入でも経験したことだ。

 ▽前のめりの接種対象拡大

 どの州も最初はCDCが規定した最優先グループの医療従事者と長期老人施設の入居者から接種を開始した。CDCの指針では、その次の優先グループとして、警察、消防、食品関係などのエッセンシャル・ワーカーと75歳以上の高齢者に対象を広げ、その後で65歳から74歳までの高齢者および、65歳以下で基礎疾患のある人へとさらに対象を拡大することになっている。

 しかし配布されたワクチンの数よりも実際の接種件数がはるかに少ないというデータが問題となり、昨年末にフロリダ州は急きょ、接種対象者を一気に65歳以上の高齢者に拡げ、テキサス州も65歳以上および65歳未満でも慢性閉塞性肺疾患やがん、心臓病、糖尿病、極度の肥満などの基礎疾患を持つ人を接種対象に含めることを決めた。

 だがフロリダ州知事もテキサス州知事も、州として一貫した配布計画を策定することなく、郡政府や郡の保健福祉サービスに接種実施を委ねただけ。速攻で接種受付のウェブサイトを立ち上げる郡、とりあえず先着順で接種する場所を設置する郡、ワクチンの配布をまだ受けていない郡、最優先の医療従事者と長期老人施設入居者への接種がまだ終わっていない郡など、状況はまちまち。このため接種を希望する高齢者だけでなく、あらゆる段階で情報が錯そうし、混乱を招く結果となった。

 またテキサス州では、「配布されたワクチンが、冷凍庫に放置されている」という指摘についても、接種実績のデータ入力遅れがあり、州が正確な数字を把握していない可能性も高いようだ。テキサス州議会のドナ・ハワード議員は保健福祉局とのヒアリングの後、「実際には州が把握しているデータより多くの接種実績がある。正確なデータを得る前に、キャパを考えずに拙速に接種対象者を拡大した感は否めない」と地元メディアに述べている。 

 ▽時間がかかるワクチン接種

 2つのワクチンは、ともに極低温の冷凍保存という制約がある。モデルナ社のワクチンは、解凍後も30日冷蔵保存できるので多少は扱いやすいが、ファイザー社のワクチンは一度解凍したら冷蔵でも5日以内に使用する必要がある。また開封した薬瓶に入っているワクチンは、数時間以内に使用しなければならない。何回分のどちらのワクチンがいつ、どこに配布されるのか。また1日に何人接種可能で、どれだけの量を解凍する必要があるのか、2回目に接種する分の供給は確保できているかなど、綿密な計画を立てないと貴重なワクチンを無駄にする恐れがある。地域によって人口や年齢構成が異なることも、ロジスティックスをさらに複雑にしている。

 米国では訓練を受けた薬剤師が予防接種を行うことができるため、今後は全国チェーンの薬局や、薬局を持つスーパーマーケットなどが、住民に身近なワクチン接種の実施部隊となる。とはいえ、通常のインフルエンザのワクチン接種なら5分程度で済むところだが、今はソーシャルディスタンシングはもちろん、接種に訪れる人に新型コロナの症状がないかなどの事前スクリーニングにも時間がかかる。また、これまでに数十件発生した深刻なアレルギー反応(アナフィラキシー)への対応として、CDCは「過去に深刻なアレルギー歴のある人は接種後30分、それ以外の人も接種後15分様子を見る」ことを推奨しているため、他の予防接種のような速度で進めることは難しい。

 ▽100日間で1億回分

 悪化の一途をたどる新型コロナ感染拡大を1日も早く抑制すべく、バイデン次期政権は発足後の100日で1億回分のワクチン接種と、国防生産法を発動してワクチン接種に必要な医療用具の生産確保を打ち出している。政府では現在、2回目に接種する分のワクチンを保管しているが、バイデン次期大統領のコロナ対策チームは、こうした在庫も供給すると発表した。

 感染制御不能で全面ロックダウンに入った英国でも、できる限り多くの人にワクチンを行き渡らせるために、2回目の接種を遅らせる戦略をとった。しかし米食品医薬品局(FDA)は、あくまでも規定の接種間隔で2回の接種を行うことを推奨している。またすぐにワクチンの効力が得られるわけではないため、バイデン次期政権は、100日間は全米でマスクを義務付けるなど連邦政府主導のコロナ対策を強化する。

 新政権でも首席医療顧問を務める国立アレルギー感染研究所のアンソニー・ファウチ所長は、一貫した対策に基づく連邦と州の緊密な連携の重要性を指摘するとともに、「1日に100万回接種は無理な目標じゃない。1947年春、ニューヨーク市で天然痘の感染が発生し、同市だけで2週間で500万人に予防接種をした。当時6歳だった私も、その接種を受けた一人。全米規模なら1日100万回できるはず」と、ABCニュースの政治番組で話した。また、夏の終わりまで毎日100万人以上に接種を続ければ、秋には集団免疫が得られるレベルに到達し、「ある程度の普通」が戻ってくるとの見通しを示した。

 筆者の住むテキサス州ダラス郡では、今後1日2000回分のワクチン配布を受ける予定で、1日あたり数千人にワクチンを接種できる大規模接種センターを市内の大型公園内に開設した。さらに2カ所の大規模接種センターを、マイノリティ住民の多い地域に開設する。これとは別に、地域の薬局や病院へのワクチン配布も増えていく予定。また2月までにはヤンセンファーマ(ジョンソン&ジョンソン)、英アストラゼネカ社のワクチン候補が、FDAの緊急使用許可の審査にこぎつける可能性も高い。米国はすでに新型コロナのために約40万人の市民を失い、今も13万人近くが入院している。大規模なワクチン接種センターも全米各地に開設されつつある。まだまだ試行錯誤が続くが、スピードアップに向けて進むしかない。