福島県二本松市にはかつて、「ニコニコ共和国」という独立国家があった。岳(だけ)温泉が地域おこしとして名乗った、1980年代に流行するミニ独立国家ブームの先駆けだ。その岳温泉では共和国当時のコミュニティーペーパーの復刻版がつくられ、活気を取り戻す動きが始まっている。東日本大震災から持ち直した後に温泉街を襲ったコロナ禍、そこに追い打ちとなった最大震度6強の地震。逆境に独特のユーモアで立ちむかってきた元大統領らに、ニコニコ共和国の現状と歴史を尋ねた。(共同通信=坂野一郎)

 ▽共和国の熱狂

 21年2月、コロナ禍で人影もまばらな岳温泉。静かな温泉街には、「国立豆富蛋白(とうふたんぱく)研究所」や「国際バスターミナル」といった一風変わった看板が残っている。豆腐店とバス停を共和国風にした名残だ。国花のコスモスを由来とする独自通貨「コスモ」は、現在も使える。3代目の大統領だった鈴木安一(すずき・やすいち)さん(73)は「みんなで知恵を絞り、とにかく変わったことをやろうと必死だった」と共和国時代の喧噪を振り返る。

 1982年に開業予定だった東北新幹線が二本松市を通過する計画が決まり、岳温泉には「何か話題作りを」と焦燥感が漂っていた。鈴木さんは旅館経営者や飲食店の仲間と連日連夜、時には酒を飲み交わしながら頭を悩ませたが、決定的なアイデアは出ない。そんなある日、出張先で泊まった長野県の温泉旅館にぽつんと貼られたポスターに、ふと目が留まった。

 温泉につかれば、ここはまるで独立国家だ

 これこれ、これだ。これはいける。折しも作家井上ひさしさんの小説「吉里吉里人(きりきりじん)」が人気を博していて、時流に乗っている。方針を決める会議では、いつのまにか独立国家を立ち上げるアイデアが決まっていた。

 1982年4月28日。当時の観光協会の会長、木村四郎(きむら・しろう)さん(故人)を初代「大統領」に据え、岳温泉は「ニコニコ共和国」として日本からの独立を宣言。すぐにマスコミから問い合わせが殺到した。自分たちから仕掛けたものの、あまりの反響に観光協会は動揺した。しかし木村さんは「はい、私が大統領です」と堂々と電話をとった。「これはいけるかもしれない」。周囲の人は感じ取った。独立宣言から3カ月弱の7月21日、ニコニコ共和国は開国した。

 国民一丸となった街を、熱気が覆う。木村さんの肖像をあしらった独自の地域通貨「コスモ」を発行し、温泉街の入り口には国境検問所を設置。温泉街に勤めていたフィリピン人の女性に「ショウミーユアパスポート」と言ってもらった。

 ガソリンスタンドを「アラブ首長国連邦大使館」と名付けたら県から苦情が入り、「アブラ首長国連邦大使館」と改称して乗り切った。地域の電話帳には「海外情報局次官」とか「国境警備司令屯所」など事情を知らない人には本当か嘘か分からない記述が並び、夏休み期間は盆踊りや子豚レースなどが連日開催された。果たして認知度はいよいよ高まり、街は人であふれかえって付近では渋滞も発生。89年には独立前の2倍近くとなる40万人が温泉を訪れた。

 ▽併合、震災、コロナ

 95年の49万人をピークに、岳温泉での観光客は減少傾向に。日本では、海外旅行の一般化やレジャーの多様化が進んでいた。加えて、建国当時のメンバーも高齢に。「時代も変わり、息切れ感は否めなかった」。新しい戦略を立てる時期に来ていた。3代目大統領に就任していた鈴木さんは06年、日本への「併合」を宣言。ニコニコ共和国は語呂もいい開国から25年目、その歴史に幕を下ろした。

 11年には東日本大震災が発生し、街ではいたるところで建物被害が出た。4月には浪江町からの避難者を受け入れた。秋には大雨により源泉付近で土砂崩れが起き、湯の供給が止まるなど、災難が続いた。原発事故に伴う福島県全体への観光客減少から客足は前年比6割ほどの16万人に落ち込んだ。

 客足がほぼ震災前に戻っていた20年に、新型コロナウイルスが襲った。キャンセルが相次ぎ、20年12月時点で前年比3割を切る厳しい状況に追い込まれている。一方で、若い力と手をとって町を盛り上げる動きは始まっている。

 ▽ニコニコ民の絆

 「先人たちの努力を継承し、岳温泉を盛り上げたい」。観光協会の高木芽依(たかぎ・めい)さん(30)ら職員は、鈴木さんらニコニコ時代の先輩たちとともに「ニコニコプレス復刻版」を作った。

 ニコニコプレスは、共和国時代に観光協会が発行していたコミュニティーペーパー。「大統領選挙詳報」や「岳を支える女たち」コーナーなど、郷土愛があふれる記事が紙面を彩っていた。復刻版ニコニコプレスは、タブロイド判4ページで、岳温泉のことしか書かれていない。「お嫁・お婿さん募集」コーナーをはじめ、数十年続く名店や、酪農家の紹介、新春同級生対談など、あたたかな雰囲気を受け継いでいる。旅館や観光施設で無料配布しており、同協会のウェブサイトでもダウンロードできる。「この街に住む人間同士、手を取り合って頑張ろうと願いを込めました」と高木さんは復刊の理由を語る。

 「身内ネタで、いいと思うんです。この街で起きていること、それをみんなで共有したくて。置いてけぼりになる人がいないように、いろんな人が一緒に頑張るきっかけになればいいな、と思ってます」

 共和国時代、必死にこの街を盛り上げようとした先輩たち。それよりももっと前、火災や土砂崩れなどの苦難を乗り越え、1200年といわれる岳温泉の歴史を守ってきてくれた先人たちへの敬意を込めている。手に取った旧国民の反応は上々。岳温泉内の旅館で女将を務める鈴木亜矢(すずき・あや)さん(51)は熱心な読者の一人で、「お婿さん募集」のコーナーにも登場した。「懐かしい。若い人は昔のことを知ることができるし、年配の人も励まされる。みんなのつながりを強めてくれると思います」と話す。ニコニコプレスは、これから季刊で発行を続けていく予定だ。

 福島県独自の緊急事態宣言は解除されたものの、大都市は宣言が継続し、コロナ禍の先は見えない。暗中模索の中、2月13日夜には最大震度6強の地震が福島、宮城を襲い、岳温泉も強い揺れに見舞われた。道路や旅館の駐車場が陥没したり、ガラスが割れたりする被害が発生し、休業を余儀なくされる宿泊施設が出た。

 観光協会職員の高木さんは「下を向かず、岳温泉一同頑張っている」。元大統領、鈴木さんの宿にも大きな被害が出て休館を余儀なくされたが、「地震であろうとコロナであろうと、復活への思いは変わらない。岳温泉が全国の温泉街の先頭に立つ意気込みだ」と気合が入る。苦境にあっても、縁あって岳温泉に集った仲間たちと一緒にみんなのニコニコがあふれる街へと盛り上げようと思っている。あの頃のように! 

ニコニコ共和国国歌

 どこまでも 青い大空

 あだたらは きらめく みどり

 そよ風に 友だちよ 

 髪なびかせ 手と手つなぎ

 いま ここに集う

 大きなゆめを 明日へかけて

 あゝ心のユートピア

 笑顔あふれるふるさと

 ニコニコ共和国