新型コロナウイルスの世界的な爆発的感染拡大で、日本も深刻なダメージを受けている。安倍晋三首相は23日、7月24日開幕の東京五輪について「中止の選択肢はない」と述べた。ただ延期するにしても大混乱となることは必至だ。東証株価が暴落するなど経済への影響は危機的で、消費と生産の激減により大幅なマイナス成長は確実だ。急減速ぶりは、2008年の「リーマン・ショック」級か、それ以上とも言われる。

 コロナ禍による未曽有の緊急事態に安倍政権はこの先、どう立ち向かおうとしているのか。五輪はどうなるのか。日本の経済や政治もどうなるのか。クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」という「黒船」を横浜港に迎え、列島に激震が走ってから1カ月半。政権内の動きから安倍首相が描くシナリオもかなり見えてきた。(共同通信=内田恭司)

 ▽東京五輪の延期開催へ国際世論作り

 まずは五輪だ。新型コロナウイルスは欧州全域と米国に急速に拡大し、感染者数と死者数の増加で当地はパニック状態となっている。こうした状況の中、中止や延期を訴える声は日に日に大きくなっており、国際オリンピック委員会(IOC)のバッハ会長は3月19日、通常開催以外の選択肢も検討していることを初めて認めた。焦点はもはや「いつ中止か延期を表明するのか」に移っている。

 想定されていたのは5月だ。しかし、IOCへの国際世論の圧力は極めて強く、22日には「4週間以内に結論を出す」と表明せざるを得ないところまで追い込まれた。発表時期のさらなる前倒しもありえるだろう。米国での感染者が何万人にも激増した時か、南アメリカや公衆衛生に劣るアフリカがパンデミックに襲われた時か、いずれにしても世界が同時パニックの様相になれば、IOCは早急に態度を決めるしかなくなる。

 その日をにらみ、安倍首相は混乱を回避し、スムーズに延期開催できるようにするための「準備」に入ったようだ。政府関係者によると、安倍政権は最後まで開催の可能性を追求しつつも「IOCや東京都、五輪組織委員会と緊密に連携し、主要国や有力競技団体への働き掛けを強め、延期開催への流れを作ろうとしている」という。

 16日の先進7カ国(G7)首脳による緊急テレビ電話会議後、安倍首相は記者団に「人類が新型コロナウイルスに打ち勝った証しとして、完全な形で実現することについて支持を得た」と説明した。完全な形での開催はもはや困難とされていることから、延期開催への理解を取り付けたと受け止められた。

 23日の参院予算委員会では「アスリートの皆さんのことを第一に考え、延期の判断も行わざるを得ない」と述べ、IOCに足並みをそろえた。近く行われる20カ国・地域(G20)首脳のテレビ電話会議では、この流れで各首脳の賛同を得たい考えで、外務省が中国や議長国のサウジアラビアなど、参加国・地域への根回しを急いでいる状況だ。

 自民党関係者は「バッハ氏は2021年の会長再選がかかっているから、大きなマイナスとなる中止はありえない。延期するなら1年が現実的だ。計画を練り直し、酷暑の時期を避けてもいい。札幌からマラソンを取り返せる」と期待半ばに語った。

 ▽V字回復へ「前例のない緊急経済対策」

 経済については、安倍政権内でどのようなシナリオが描かれているのか。政権内で共有しているメインシナリオは「V字回復」だ。08年に世界を震撼させたリーマン・ショックの時は、世界金融の構造的な問題があったが、今回は「感染症が世界的に流行しただけで、収束しさえすれば経済は急回復する」(政府関係者)と見ているわけだ。

 とはいえ、株価が3週間で3割も下落し、20年第1四半期の国内総生産(GDP)の大幅なマイナス成長は必至だ。全世界で生産と消費が激減しているため、経済の本格的な立ち上がりは「年後半以降」との見方が多い。感染拡大の規模と沈静化の時期によっては、20年上期の日本のGDP減少幅は「30〜50兆円」に膨らむとの観測もあるという。

 そこで注目されるのが緊急経済対策だ。安倍首相は17日の自民党両院議員総会で「厳しい状況の経済をV字回復させなければいけない。思い切った強大な経済政策を前例にとらわれず練り上げていこう」と呼び掛けた。リーマン・ショック時を超える30兆円以上の規模は織り込まれたと言える。消費税率引き下げは検討されないものの、全国民への現金給付やポイント還元率のアップなどが早くも取り沙汰される。

 首相は立憲民主党など野党にも協力を呼び掛け、4月前半には20年度補正予算案としてまとめ、5月の大型連休前後には成立させたい考えだ。

 米国や中国、欧州も財政・金融政策を総動員し、経済へのダメージを最小限に食い止めようとしている。先の政府関係者は「中国に続いて日本、韓国が立ち直る。治療薬やワクチンが開発され、年後半に米国と欧州が戻ってくれば、後ろずらしの五輪特需と相まって、翌年のプラス成長は約束されたようなものだ」と語気を強める。楽観のきらいはあるが、安倍政権がこうしたシナリオの実現に全力を挙げようとしているのは確かなようだ。

 ▽年内の衆院解散の可能性はあるのか

 政局はどうなっていくだろうか。コロナ前には、東京五輪を花道として安倍首相が年内に退陣する可能性が取り沙汰されていた。しかし五輪が延期されれば、首相は自身の手で五輪開幕までこぎ着けようと全力を挙げるため、年内の退陣は消えるとみるべきだ。

 ただ、1年延期なら閉幕後に自民党総裁任期が来るため、「五輪花道」退陣はありうる。この場合、総裁選を勝ち上がった候補が新首相となり、ほぼ任期満了での衆院解散・総選挙に踏み切ることになる。2年延期なら、途中で安倍首相が自ら解散して勝利し、「五輪まで」の特例任期を得て総裁選で連続4選を果たそうと模索する可能性がある。

 解散時期としては、今秋以降にコロナが収束し、V字回復も実現していれば、臨時国会で全世代型社会保障を仕上げ、中国の習近平国家主席を国賓として迎えた後が、一つのタイミングとして想定される。年内もありえよう。野党からは「コロナ対策の信を問うため、今夏にも解散するのではないか」との臆測が出るが、世界ではコロナとの闘いが続いているとみられ、そうした時期に政治空白は作れないのではないか。

 「ポスト安倍」の行方はどうなるだろうか。安倍首相の意中は岸田文雄自民党政調会長であるのは衆目の一致するところだ。首相はその岸田氏と3月18日夜、東京・九段下に近いホテルグランドパレス内の日本料理店で会食した。緊急経済対策について意見を交わしたとされるが、他にも重要なテーマがあった。自民党関係者によると、首相は4月26日の衆院静岡4区補欠選挙について、岸田氏に必勝を求めたという。

 補選は、岸田派事務総長として岸田氏を長年支えた望月義夫元環境相の死去に伴い実施される。岸田氏にしてみれば、落とせば「ポスト安倍」の資格を失うことにもなりかねず、補選での勝利は極めて重要だ。首相にとっても、退陣後のもくろみが崩れ兼ねず、敗北は許されない。そのため首相は岸田氏と直接会い「ねじを巻いた」というわけだ。

 最近、安倍首相の表情を間近で見た自民党のベテラン議員は「『安倍スイッチ』が入った。危機や国難を前にするとスイッチが入る。入ると強い」と話した。コロナを克服するとの使命感と各国首脳との連帯感が首相を高ぶらせ、政局にも目配せさせているのだという。

 ▽全てが画餅に帰すかの正念場に

 だが、安倍政権内の一連のシナリオがその通りにいくとは限らない。五輪は延期が有力視されているが中止の可能性もゼロではなく、その場合のダメージは計り知れない。延期でも影響は甚大だ。会場の確保や日程の再調整にとどまらず、チケットの払い戻しや代表選手の再選考をするのかどうかなど、難問が山積する。国や都の追加負担は重く、それはそのまま国民や都民の肩にのしかかる。対応を誤り、内外の批判が高まれば首相の進退に直結する。

 経済のV字回復も現段階では画餅に過ぎない。世界でコロナがいつまでも収束しなければ、人の往来は回復しないし需要と生産も戻らない。企業倒産と金融破綻の連鎖により大不況に突入する最悪のケースもありうる。この場合、首相が五輪を花道に退陣し、「ポスト安倍」政局の主導権も握ることなど、考えられないだろう。

 いずれにしても、コロナ後の日本と世界がどうなっていくかは、各国の政策対応と国際的連携の成否にかかっている。安倍首相はどこまで指導力を発揮できるのか。東京五輪と日本経済、はては政局の行方もにらみ、真の力量を問われているのは間違いない。