小池百合子氏が都知事選で圧勝した。日本には女性リーダーが少ない。とりわけ政治の世界では「ガラスの天井」と呼ばれる厚い障壁が女性の進出を阻んでいる。それを突き破っての2期目である。

 先の見えないコロナ禍と東京オリンピック・パラリンピック開催をめぐる困難な状況を引き受ける度胸はあっぱれである。(女性史研究者・江刺昭子)

 非常事態宣言は解除されたものの、候補者は有権者との接触を制限され、盛り上がりにかける選挙だった。小池氏はオンライン選挙に徹したが、石井妙子著『女帝 小池百合子』が話題になり、20万部を超えるベストセラーになった。

 同書は前半で、小池氏の生い立ちからカイロ大学留学時代を追う。政治ゴロのような父親に育てられた。顔のアザと、身分違いのお嬢さん学校で学び劣等感を抱いたことが、彼女の政治的パワーの源だと分析する。さらに、カイロ大学を首席で卒業したと学歴を詐称、それを起点に政界を登りつめた「虚飾の女」だと結論づける。

 しかし、幼少期からカイロ留学中についての証言者のほとんどは、匿名の陰に隠れている。カイロ時代について最も重大な証言をしている女性は仮名、その他も「小池親子の知人」「小池事務所に出入りしていた人」「縁戚の男性」「小池の同級生」「小池を知る、ある人物」としか記述されない。

 これらの発言者の無責任さは、ネットの誹謗中傷とさしてかわらないレベルだろう。信憑性に大きな疑問符がつく。著者と同じように、事実を調べて記録する者としては、それがとても気になった。

 小池氏は政治家だから、その政策や政治手法に対する批判はあって当然だが、人格攻撃としか思えない記述も散見される。それが全体の印象を悪い方向に誘導する。

 例えば父と娘(小池氏)の関係を「共犯者」と表現する。顔のアザについて、かなりの紙数を割き「いつも怯え、傷つきながら育ったのではないだろうか」とスティグマ(烙印)を押す。小池氏の肩を持つつもりはないが、読んでいて気持ちがざらついた。

 ニュースキャスターを足がかりに政治家に転身し、政党を渡り歩く足取りを描いた後半は平成政治史のサイドストーリーとして面白い。風を読む才に長け、時の権力者にすり寄ってポジションを得たとみているが、利用された後、振り向いてもらえなくなった男たちの恨みも行間にちらつく。男性政治家にも政界渡り鳥は少なくないが、そのことでこれほど批判されることはないように思う。

 小池氏が政界入りした1990年代前半は、バブル時代を経て女性の職場進出が進み、女だってギラギラ野心を持っていいと言われた。だが、女性政治家のロールモデルは無いに等しく、自ら開拓しなければならなかった。

 2世、3世議員ではなく、支援してくれる労働組合も宗教団体もない。女ひとり、素手で男社会と切り結んできた。譲歩や交渉を嫌い、対決を好む政治スタイルは、目立つが敵もつくる。クリーンだけではやっていけなかっただろう。どこか胡散くささもつきまとう。

 1期目の都政がどれだけ良くなったのか、検証はいまだしだが、少なくとも女性活躍政策は評価していいのではないか。待機児童はゼロにはなっていないが、減っている。女性ベンチャーの支援には熱心だし、東京都女性職員の管理職20%は、2019年に目標を達成した。17年には猪熊純子氏を副知事に任命。22年ぶりの女性副知事が実現した(猪熊氏は19年に都参与に)。

 見かけにこだわり、日替わりのファッションを批判する向きもあるが、仕事をする女にとって、服は武器だと言った人もいる。派手過ぎず、地味過ぎない服装と着こなし上手は、働く女性のファッションリーダーにふさわしい。政治とファッションは関係がないというドブネズミルックのおじさん政治家たちだって、髪を黒く染めて若造りをしている。見かけも発信力の一部を構成していることは、誰でも知っている。

 「政策に中身がなく言葉だけが先走る」という批判もあるが、政治家は言葉が命だ。中身のある政策を、説得力を持って語る。そのどちらも不足している政治家が多過ぎるから、政治への信頼が損なわれるのだ。

 女性政治家に対しては、人格攻撃が多いように思う。記憶に新しいところでは、元衆院議員の豊田真由子氏に対する猛烈なバッシングがあった。秘書へのパワハラ音声をテレビの情報番組が繰り返し流した。確かにひどい暴言だったが、同じ科白を男性政治家が吐き、秘書が告発したとして、メディアはこれほど騒いだだろうか。

 さらに遡ると、元外相の田中真紀子氏へのバッシングも目に余った。「平成の女傑」「将来の総理大臣」と持ち上げながら、ひとたび失策が表に出ると、「秘書に対する強圧的な態度」「幼児的性格」などと集中砲火を浴びた。

 どちらも男性の部下に対する女性上司の厳しい態度が問題とされた。背後に古いジェンダー観が隠れていないだろうか。

 ひとつ舵取りを誤れば、小池氏にも奈落が待ち構えている。気まぐれな366万票はすぐにそっぽを向くだろう。「自重せよ」と言いたいが、攻めて出るのがこの人の持ち味。17年7月の第22回国際女性ビジネス会議では「東京を変える一番の宝は女性の力。先頭に立つファーストペンギンに!」と満場の参加者に呼びかけた。

 「海に飛び込むのは怖いけれど、皆さんが真っ先に飛び込めば新しい世界が広がる。次々にフォロワーもでてくる。「『せーの!』で始めましょう」と。

 最後に小池氏にお願いがある。政治家としての根本に関わる問題だ。

 まもなく関東大震災から97年目の9月1日が来る。あのとき、震災を生き延びた朝鮮人がおおぜい虐殺された。暴動を起こしたというデマのためだ。毎年、東京都墨田区の都立横網公園で行われる追悼式典には、歴代の都知事がメッセージを送ってきた。

 小池氏は17年以降、それを取りやめている。今年は会場の使用許可さえ出していない。

 もう一度、歴史を学び直して、追悼の気持ちを表してほしい。過去を直視せず、歴史に学ぼうとしない姿勢を続けるなら、都合の悪いことには目を背け、糊塗隠蔽する人なのかという疑いが増幅する。自身の過去の経歴もそのようにしたのかと、あげつらわれることになるだろう。