中東などから難民がなだれ込んだ2015年からの欧州難民危機をきっかけに、ヨーロッパで高まった「反移民」の動きは依然続いている。そんな中、ドイツは移民や難民の受け入れに意欲的な国の代表格だ。筆者の夫は19年にドイツ国籍を取得。筆者も国籍取得を行政当局から誘われた。家族の国籍取得をきっかけにドイツの移民政策について考えた。(ハンブルク在住ジャーナリスト、共同通信特約=岩本順子)

 ▽市長からの手紙

 「故郷はどこかと尋ねられたら、ハンブルクだとあなたは答えるのではないですか?」。そんな一文で始まる手紙が筆者の所へは2012年、夫へは14年に送られてきた。差出人は当時ハンブルク市長を務め、現在はドイツ財務相のオラフ・ショルツ氏。手紙の右上に同氏の顔写真、文末には署名が印刷してあった。

 筆者は1985年から、ブラジル国籍の夫は2005年からドイツ北部のハンブルク市で暮らしている。同市は一市単独で連邦州を構成する特別市で、人口約184万人は首都ベルリンに次いで多い。

 文章は次のように続いていた。

 「長年、ハンブルク市民であるあなたは容易にドイツ国籍が取得できます。国籍を取得すれば選挙権や被選挙権が得られ、税金の使い道を一緒に決められます。煩わしい滞在許可手続きからも解放され、従来ビザが必要だった国にもビザ無しで行き来できるでしょう。申請するだけでいいのです。国籍取得を決断してもらえるとうれしく思います。市庁舎で行われる国籍取得祝賀パーティーで是非、お目にかかりましょう」

 日本は基本的に二重国籍を認めていないため、ドイツ国籍を取得すると日本国籍を失うことになる筆者は思いとどまった。一方、二重国籍に規制がないブラジル人の夫は申請することにした。ドイツ人になることで3カ月以内であれば日本の観光ビザが不要になる。ビザ取得には労働契約書や給与明細、貯金残高を始めとする多くの書類を提出しなければならない。その手間が無くなるということも決断を後押しした。

 ▽手厚いサポート

 ドイツは第2次世界大戦後、経済復興の労働力不足を補う目的で外国人を積極的に受け入れてきた。そこには、ナチス時代に外国人を迫害した反省もあった。東西ドイツ統一後に東欧圏から難民が大量に流れ込んだ時には流入を阻止する対策が導入されたりもした。今では世界有数の移民受け入れ大国だが、ドイツが目指す「移民の統合」は必ずしもうまくいっているとは言えない。

 移民の統合とは、移民の文化的なアイデンティティは保ったまま社会の一員として生活を営めるようにする政策を意味し、就職に必要な語学力が要求される。

 国籍取得を申請する移民が少ないことも長年指摘されている。市長から手紙が来たのは、そのせいもあるのだろう。

 国籍取得が可能となる条件とは何か?

 成人の場合は主に以下の通り。①8年以上の在住歴と永住ビザの所有②ドイツ語能力の証明③一定の経済力④民主主義制度の尊重を表明すること⑤犯罪歴がないこと⑥国籍取得テストに合格すること―などだ。

 ドイツ語能力は、6段階レベルの、3段階目(中級前半)をクリアすれば良い。 国籍取得テストは08年9月1日から新たに義務づけられた。ドイツの歴史・政治・地理・文化などの一般知識に関する310の設問候補から無作為で抽出した33問が出題される。数個の答えの中から正しい答えを選ばせる多岐選択方式で17問以上正解すれば合格となる。

 テストと聞くと大変そうに思える。だが、ドイツ語能力テストは語学教室に安価で通える支援制度がある。国籍取得テストの設問候補は事前に公開されている。各地の市民大学などが実施する「講座」を受けて準備することも可能だ。

 このほか、ハンブルク市と同市のトルコ人コミュニティーが共同で始めた「私はハンブルク市民!」という国籍取得を促進する活動もある。取得手続きを支援したり相談に乗ったりするもので、経験豊富なボランティアスタッフが「水先案内人」として力を貸している。

 ▽日本の12倍

 18年の統計によると、ドイツの人口は約8280万人で在独外国人はおよそ12%にあたる約1092万人いる。18年に国籍を取得した人は11万2千人を超えている。ハンブルク市でも同年だけで5772人が国籍を得た。

 国別で見ると、トップはトルコの1万6700人。6600人の英国、6220人のポーランドが続く。以前は少なかった英国人が増えているのはブレグジットの影響だ。国籍取得した人のドイツ滞在期間の平均は17・3年という。

 一方、18年の日本在住外国人数は約273万人。人口比では2%程度にとどまる。同年の国籍取得者は9074人。韓国人(4357人)と中国人(3025人)がほとんどを占める。日本より4000万人ほど人口の少ないドイツで、日本の約12倍の外国人が国籍を得ていることになる。

 ドイツでは1972年以降死者数が出生者数を上回る状態が続き、人口減少が危ぶまれていた。しかし、2011年以降は人口が微増し、減少に歯止めがかかっている。移民の受け入れだけでなく、その統合にも力を入れている。具体的には、長年ドイツに在住する外国人に国籍取得を呼び掛けることでドイツ人の人口も一定水準を維持しようとしているのだ。

 ▽盛大にお祝い

 ハンブルク市ではドイツ国籍を取得した人を祝賀式に招待している。祝賀式はハンブルクだけでなく、ベルリンやミュンヘンといった大都市から中小都市に至る多くの自治体で行われている。

 夫は19年7月に国籍取得が認められた。祝賀式は19世紀末に完成した壮麗なハンブルク市庁舎の中でもひときわ豪華な「大祝祭の間」で同11月に開かれた。市長の祝辞や代表者への証明書の授与などの後、隣接する広間で立食パーティーが行われた。ふんだんに振る舞われるドイツのスパークリングワイン「ゼクト」やおつまみとともに、国籍取得者たちと語り合い、楽しいひとときを過ごした。

 国籍取得者の晴れ舞台を祝うにふさわしい演出に、ドイツという国が移民統合の理想形である国籍取得をいかに重要視しているかを感じた。