新型コロナウイルスの感染者は全世界で410万人を上回るなどいまだ流行に歯止めがかかる様子はない。そんな中、新たな感染者が減少傾向にある欧州各国は感染拡大防止のため講じてきた制限措置を相次いで部分的に解除している。

 3月中旬以降、いわゆる「不要不急」の外出が基本的に禁じられていたオランダも同じ。11日から外出制限が緩和されたのだ。西ヨーロッパにあるオランダはようやく暖かくなってきた。出歩くにはもってこいの季節なだけに制限解除は何より喜ばしい。しかし、韓国では厳格な感染防止策を緩和した直後に集団感染が起きた。ここで気を緩めてはいけない。(オランダ在住ジャーナリスト、共同通信特約=稲葉かおる)

 ▽「最悪のシナリオ」も隠さず

 オランダで最初の感染者が確認されたのは2月27日。当初は「握手をするな」といった人との接触に注意する程度のものだった。イタリアでは感染者数が400人を超えるなど流行の兆しはあったものの軽く見ていたのだろう。この対策を公にしたルッテ首相も会見の場で関係者と握手をしていたくらいだった。

 その後、感染予防のための基本四カ条(手の洗浄、用がない限り外出を控えること、在宅ワーク奨励、人と人との距離を1・5メートル以上あけること)を国民に求めるなど制限措置は段階的に厳しくなっていった。

 一変したのは3月15日の夕方。政府がロックダウン(都市封鎖)を発表したのだ。これを受け、全飲食店が同日から閉店。全ての学校も休校することになった。当時、同国の感染者はおよそ1100人。人口1700万人に比べると多くなっていることに加え、新規感染者が急増していることを重く受け止めた。

 16日にはルッテ首相がテレビやインターネットを通じて、国民向けにスピーチを行った。首相が国民に対して語りかけるのは第1次石油危機が起きた1973年以来となる。

 ルッテ首相はこのスピーチで今後の対応策だけでなく、ロックダウンを含む厳しい制限が1年以上続く恐れがあるという「最悪のシナリオ」も隠すことなく、誠実かつ明確に話した。このことで国民の腹も決まった。

 17日には経済的補償の概要も公表。①最大で給与の90%が補償されること②この措置は最長6カ月続くこと―などが明らかになり、国民の間に安心感が広がった。

 日本政府も緊急事態宣言を出し、国民に行動の自粛を求めている。だが、それにより大きな損失を受けている個人事業主などへの経済補償が満足でないことに加え、どういう状況になったら宣言が解除されるのかが示されていない。国によって事情は違うことは理解できる。それでも、国民の不安を取り除くために伝えるべきことはしっかりと伝えなければならないことは自明のことだ。

 ▽チューリップが大量廃棄

 緩和に踏み切るもう一つの理由としては、甚大な打撃を受けている経済活動を少しでも早く再開したいという狙いがある。

 オランダは世界最大の花の輸出国だ。しかし新型コロナウイルス対策の外出制限で多くの国で花屋が開店できなくなった上、結婚式も誕生日パーティーもなくなり、花卉(かき)類の売り上げは激減。同国が誇る世界一の花卉卸売市場ロイヤル・フローラ・ホランド(RFH)の3月後半の売り上げは80%以上減少したという。

 出荷先がなくなった農家は同国の象徴と言えるチューリップなど丹精込めて育てた大量の花を廃棄せざるを得なくなっている。そのことを伝えるニュースを目にしたときには、さすがに心が痛んだ。

 早期の回復は難しいかもしれないが、筆者もできるだけ花を買って応援したい。

 ▽逆戻りする恐れも

 市民生活は11日からどのように変わるのだろう。

 小学校が条件付きで再開するほか、テニスなど人との接触が少ないスポーツも認められる。

 6月1日からは飲食店や映画館も再開できるが、1・5メートルの対人距離を取ることが必要となる。さらに、6月からは中学、高校も再開。公共交通機関を通常運転に戻す一方、周辺国と同様、乗客にマスク着用を義務付ける。7月からは100人までの規模の集会や結婚式、葬儀などが実施できるという。だが、これはあくまで「予定」。感染者数が再び急増したら、制限だらけの生活に逆戻りすることは十分あり得るのだ。

 一足先の6日に制限措置を緩和した韓国ではわずか2日後の8日にソウル市内のクラブで集団感染が明らかになった。感染者は既に80人を超えているが、クラブを訪れた客のうち2千人と連絡が取れておらず、感染拡大の再発が心配されている。

 事態を受けて、ソウル市はクラブなど遊興施設の営業中止命令を出した。また、クラブ訪問者の接触者も感染し、勤務先のロッテ百貨店(同市)は営業時間を切り上げるなどの防疫措置を講じた。

 これでは、意味がない。未来はオランダ国民がどう行動するかで変わってしまうのだ。それを意識しながら毎日を過ごす「次なる感染対策」を実践する生活が始まった。