菅政権下、いよいよ10月1日から、東京発着を含めた『Go Toトラベル』が再スタートする。

 コロナ禍で交通機関や観光関連が大打撃を受けたのは日本ばかりではない。日本はいわゆる「ファクターX」と呼ばれる神風が吹き、感染者数も死者数も欧米よりずっと少ないが、欧州は、第2波で今も難しいかじ取りを迫られている。そんなベルギーでも、小さな「Go Toトラベル」キャンペーン「ハロー・ベルギー」がスタートしようとしている。質素堅実、庶民目線で、湿りきった庶民の心と経済を少しでも活気づけるのが狙いだ。

 ▽日本のGo Toは誰のため?

オリンピック開幕のはずだった7月22日、かなり強引にスタートされた日本のキャンペーンが改めて東京発着も含めて再スタートというので、筆者も初めて「Go Toトラベル事業の旅行者向け公式サイト」をのぞいてみた。何度も読み返したが、どうもよくわからない。どうやら、この事業に「参加している」旅行業者を通して「旅行商品」を購入する必要があるようだ。1泊あたり上限2万円の旅行商品代金に対し、約半分(35%が割引、15%がクーポン券)が支援されるということらしい。だが、実際は、申請期限が決まっていたり、請求手続きが煩雑だったりと、ちょっと面倒そうだ。出張精算に慣れたサラリーマンならできそうだが、超多忙な人やシニア世代にはどうだろう。そもそも、安いとは言えない旅行商品を買うこともできず、時間的余裕すらない人には何の恩恵もなさそうだ。大手旅行業者と余裕ある人だけを潤すためかと穿った目でみたくなってしまうのは筆者だけだろうか。

 ▽ベルギーは庶民派

 日本に比べれば、ベルギーのそれはいかにも庶民派だ。国内どこでも使える国営鉄道(国鉄)の回数券12回分(6往復)を支給するというもの。欧州の中では鉄道網が比較的よく整ってはいるベルギーではあるが、他に地域政府による路面電車や地下鉄はあるものの私鉄はない。だから、鉄道旅行といえば、国鉄ということになる。今回の回数券は、国籍に関係なく、12歳以上の全ての居住者に与えられるので、貧富の差もなく非ベルギー人でも平等。12歳未満は大人同伴が原則義務となっている社会なのでそもそも無料だ。

 申請はいたって簡単。居住者なら誰もがID(身分証明カード)をもっているので、専用サイトからID番号を入力すれば、そのまま自分の名義入りの回数券が登録住所に速やかに送られてくる。電話での申請も受け付ける。単純明快だ。

 筆者もさっそくオンラインで申請してみると、数日以内にワクワクの回数券が郵送されてきた。国は四国ほどの大きさで、電車には特急も指定席もない。最長でも片道2時間も電車に乗れば、国境に達してしまう。全部使い切っても大した額にもなりそうにない質素なプレゼントなのに、いやにうれしいのはなぜだろう。

 オンラインによる申請は9月1日からスタートし、2週間で200万人が申し込んだという。ベルギーの人口は日本の約10分の1ほどなので、日本ならざっと2千万人が申請したことになる。月末の期限までに最終的には400万人近くがリクエストするのではないかと国鉄は予想している。そうなれば、国民の4割にもいきわたる到達度の高い施策になる。あっちでもこっちでも、友人や家族が「私ももらったよ」と言ってきて、ほっこりした連帯感が広がっている。友人の一人は、「使う予定はないけれど、コロナ封鎖でがんばった記念にするつもり」とほほ笑んだ。

 ▽市民に自由と連帯を

 ベルギーは、新型コロナウィルスによってかなり甚大な被害を受けて来た国だ。周辺国よりいち早く3月13日には緊急事態に入り、17日から封鎖に踏み切ったものの、死者数はぐんぐん膨れ上がり、4月初めには人口100万人あたりの死者数で世界トップになってしまった。死者数は、もうじき1万人に到達しようとしている。

 毎日定時に発表される感染者や死者数などの指標が、誰がみても右肩下がりの曲線となっていた5月4日以降、極めて慎重な段階的封鎖解除計画が始まった。最初は第1段階である「フェーズI-A」で、顧客と直接接触のない工場などと、自家製マスクを作るための手芸品店だけが開業を許された。それから、少しずつ少しずつ、薄紙をはがすように慎重に進められた。週ごとにテレビに映し出される首相による講評と見通しを食い入るように見つめ、ようやく6月8日「フェーズIII」では飲食業と国内旅行が解禁された。このタイミングで政府が発表したのが、この国鉄の回数券だったのだ。

 ベルギーは実は2018年12月以来、正式な政府が樹立できず、現在も臨時政府のままだ。この間、コロナ対策を率いて来たのはベルギー最初の女性首相ウィルメス氏。実直で人間味あるやり方が、なかなかの人気だ。封鎖宣言以来、「市民の皆さんの『自由』を奪うことになるのが何よりも辛い」と繰り返してきた。だからこそ、フェーズIIIは象徴的な自由の奪還だったのだ。「これからは、とうとう『自由』がデフォルト、禁止は例外になるのです! がまんして皆で努力してくれた連帯の証です」。ウィルメス氏はこう語った。

 ▽公衆衛生が優先される景気刺激

 外国人観光客を完全に失って困窮する観光地や交通機関の刺激策はベルギーでも必須だ。環境対策で近年その価値が見直されていた公共交通機関は、コロナ禍で感染リスクを嫌う中間層以上の顧客を一気に失った。一方、都市ではコロナ危機に自転車などの利用を奨励。自転車道整備が進み、電動を含めた自転車やキックボードなどの利用者が急増した。どれも、国鉄離れを後押しする結果となり、封鎖解除後、通常ダイヤに戻った鉄道は閑古鳥が鳴いている。

 だが、へたに旅行を奨励すれば、電車や目的となる観光地が混雑して感染リスクを高めて本末転倒になるとの懸念も高まった。国鉄の労組は、職員の安全確保が第一だと強く訴え始めた。財政的には、この回数券を200万人が利用すれば、国鉄には100万ユーロ(約1億2千万円)の損失となり、回数券や告知の経費だけで400万ユーロ(約5億円)かかるとも推計された。

 そんな中で、どうすれば、乗客と国鉄職員の安全を担保しながら、国鉄利用を奨励し、目的地の観光施設や飲食業を支援できるのか。それでいて人々に簡単で公平に到達できるものでなければならない。6月初めから慎重な検討が重ねられたのだという。その結果、国家予算から国鉄に100万ユーロ(約1億2千万円)が支払われ、混雑させず、公平に行き届く仕組みとして回数券を考えることとなった。

 同時に、飲食業支援策として、消費税を時限的に6%に引き下げ(通常は21%、飲み物は12%)、勤め人には一人当たり300ユーロ(約3万6千円)のレストランで使える食券と、障害者などの社会的弱者に月50ユーロ(約6千円)の手当を上乗せすることをパッケージで発表したのだった。

 ▽「ハロー・ベルギー・レールパス」は経済に貢献するか

 6月初めの解放感の歓喜から数か月。ベルギーでは、7月下旬以来、局地的感染拡大が再び始まり、封鎖解除の最終段階に入ることができぬまま、9月現在、毎日千人もの新規感染者を出す状況に陥っている。だが、着実に増強してきた医療体制やPCR検査体制があるので安心感は強く、ソーシャルディスタンスやマスク着用といった新しい社会生活様式もすっかり板についてきた。

 8月31日、申請開始が発表された回数券は「ハロー・ベルギー・レールパス」と命名され、電車の混雑状況をライブで伝えるアプリ「Move Safe」(ムーブ セーフ)とともに導入。半年のキャンペーン期間中に、国内500の観光地にスポットライトをあてたプロモーションも同時に展開することで、国内の人々に安全な鉄道旅行を奨励し、観光業を支援しようと必死だ。

 日本の大型Go Toトラベルに比べたら、贅沢さのかけらもない地味なものにすぎないが、再び自由を手にした象徴として、人々の心を軽くしてくれるささやかな国からのプレゼントだ。筆者も久しぶりの鉄道の旅で、どこへ行こうかと、想いを巡らせている。