中国出身の元幕内力士・蒼国来を覚えている方も多いのではないだろうか。今年3月場所を最後に引退。年寄荒汐を襲名し、先代荒汐親方(元小結大豊)から部屋を引き継いだ。その荒汐親方のインタビューに先日、同席する機会があった。

 インタビューのテーマは、中国が内モンゴル自治区で標準中国語(漢語)教育を強化し始めたことに対する親方の思いを聴くこと。荒汐親方の出身地は中国といっても、内モンゴル自治区の東に位置する赤峰市。漢民族ではなく、少数民族のモンゴル族だったのだ。

 流ちょうな日本語でよどみなく、質問に答える。モンゴルの伝統文化やモンゴル語とモンゴルの縦書き文字への熱い思いに加えて、内モンゴルの人たちを思いやる言葉が口からあふれ出た。そこには中国語教育の強化でモンゴル族にとっての大切なものが失われてしまうのでは、という危機感が伝わってきた。(共同通信社=山﨑惠司)

 ▽同化政策

 荒汐親方は現役時代の2011年、八百長問題に巻き込まれて、角界を追われた。だが、潔白を訴え続けた。2年半に及んだ法廷闘争の末に解雇無効判決を勝ち取り、13年7月の名古屋場所で土俵に復帰した経緯を持つ。

  「食事も喉を通らないほどショック、悲しかった」。芯の強さを内に秘めている荒汐親方がここまで胸を痛めているのは、中国(漢民族)が自治区の少数民族(モンゴル族)を文化的に抑圧し、同化政策を強引に進めようとしていることだ。

 インタビューの受け答えを聞きながら、1910年の日韓併合が頭に思い浮かんだ。日本が朝鮮半島を支配。統治政策として、日本語教育を推し進め、後には日本風の名前に変える「創氏改名」も行われた。言葉も名前も文化も奪ったわけだ。100年以上も前の日本が、中国に重なってみえた。

 ▽ブラックパワー・サリュート

 人種や民族など特定のグループに対して行われる差別、迫害に対して、同じグループに属するスポーツ選手が、荒汐親方のように声を上げるのは自然な行為ではないか。近いところでは、今夏のテニス全米オープンで2度目の優勝を果たした大坂なおみが人種差別に抗議するマスクを着用し続けたのがいい例だ。

 さらに時間をさかのぼれば、1968年メキシコ五輪陸上男子200メートル表彰式で起きた有名な〝事件〟がある。

 金メダルのトミー・スミスと銅メダルのジョン・カーロスが米国国歌の間、表彰台で黒い手袋をはめた片手の拳を突き上げ、うつむいて米国国旗から目をそらした。米国内で続く人種差別への抗議を表す「ブラックパワー・サリュート」だった。2位に入ったオーストラリアのピーター・ノーマンも共感。2人とともに、人種差別に抵抗することを表す「人権を求める五輪プロジェクト」のバッジを左胸に着けた。

 スミスとカーロスは選手村から追放となり、ノーマンは200メートルでオーストラリアを代表する選手であり続けた。しかし、この〝事件〟以降、同国の五輪代表に選出されることはなかった。ちなみに、ノーマンがこの時にマークした20秒06はオセアニア記録として、52年が経過した今も破られていない。

 ▽相反する二つの条文

 人権を損なうような動きに対して、スポーツ選手が発言する。それは当たり前のことで、五輪という場であっても制限を加えられるようなことではない。そこで五輪憲章で「差別」や「人権」がどう位置付けられているか、を見てみよう。

 前文の次に「オリンピズムの根本原則」という項目がある。オリンピズムとは、五輪運動の基本的な考え方や哲学といえるもので、それを具体化したのが五輪憲章になる。その4項に「スポーツをすることは人権の一つである。すべての個人はいかなる種類の差別も受けることなく、オリンピック精神に基づき、スポーツをする機会を与えられなければならない」とうたわれている。

 また、6項には「このオリンピック憲章の定める権利および自由は人種、肌の色、性別、性的指向、言語、宗教的政治的またはその他の意見、国あるいは社会的な出身、財産、出自やその他の身分などの理由による、いかなる種類の差別も受けることなく、確実に享受されなければならない」とある。

 五輪憲章の「第1章 オリンピック・ムーブメント」の「第2条 IOCの使命と役割」でも6項で「オリンピック・ムーブメントに影響を及ぼす、いかなる形態の差別には反対し、行動する」と定められている。こうした条文を読む限り、五輪は差別への反対を高く掲げたムーブメントだと理解できる。

 これに関して最近、問題として浮上してきた条文がある。五輪憲章第5章「オリンピック競技大会」の「Ⅲ オリンピック競技大会のプログラム」の第50条だ。「広告、デモンストレーション、プロパガンダ」について書かれた条文の第2項では「オリンピックの用地、競技会場、またはその他の区域では、いかなる種類のデモンストレーションも、あるいは政治的、宗教的、人種的プロパガンダも許可されない」と定めている。

 五輪憲章はスポーツにおける差別に反対する運動だと規定する条文を含んでいるが、第50条では差別反対を具体化する行動を規制している。五輪そのものが大きな矛盾を抱え込んでいるのだ。

 ▽分かりやすい指針を

 今年夏、黒人に対する警官の暴力に抗議する運動「ブラック・ライブズ・マター(黒人の命も大事だ)」が米国各地で起こった。米プロバスケットボールNBAや米プロフットボールNFL、大リーグなどといった米国のプロスポーツ選手が賛同。テニスの大坂なおみもその1人だった。

 こうした状況を受けて、国際オリンピック委員会(IOC)も選手委員会で議論をスタートした。ただ、IOCのバッハ会長は五輪憲章第50条の修正や撤廃については消極的な姿勢を示している。

 IOCに求められるのは、差別への反対と50条との整合性を取ることではないだろうか。冒頭の荒汐親方に戻るが、モンゴル族だけでなく、チベット族、ウイグル族など少数民族に対する中国の政策は人権を守っていないのではないか、と問題視されている。香港もそうだ。

 中国は2022年冬季五輪の開催国。中国の少数民族に対する政策に対し、人権問題に敏感な選手たちが抗議の意思表示をしないとも限らない。

 五輪憲章が掲げる差別反対の思想と、オリンピックでの差別反対の行動を規制する50条。差別反対は政治的なのか。IOCは、選手に分かりやすい指針を示す必要がある。