10月9日に日本でも公開された韓国映画「82年生まれ、キム・ジヨン」が、各種メディアで取り上げられるなど注目されている。この映画の原作は2018年に小説が発表されて130万部を売り上げるベストセラーとなった。その後、映画化された。19年10月に公開された映画は、韓国内の観客動員数が367万人を記録する大ヒットとなった。

 この「82年生まれ、キム・ジヨン」がなぜ、これほどまで注目を集めたかについて考えたい。(韓国在住ジャーナリスト、共同通信特約=田中美蘭)

 ▽世代間で違い

 韓国の14人に1人が見たというこの作品は、1982年生まれのキム・ジヨンという女性の生きざまを活写する。ちなみに、「キム・ジヨン」は80年代始めに誕生した女性の名前で最も多いものだ。

 ありふれたとも、平凡なとも言える1人の少女が学校に通ったあとに就職。そして、結婚し出産するまでの半生を静かに追っていく。そこで映し出されるのは、女性ゆえに突きつけられる生きづらさや葛藤に加え、韓国社会が抱えている問題だ。それは、原作者であるチョ・ナムジュ氏自身の経験もベースになっているという。

 多くの女性が共感したとされるが、ここ韓国では世代によって抱く思いが異なっている。

 「自分と重なり感情移入できる部分が多かった」。こう語るのはキム・ジヨンと同世代の30代女性だ。彼女は「(映画を見ているうちに)涙が出た」と熱を込めて話した。

 一方、50代の女性は「今でも女性が抱える問題や生きにくさがあるのは認める。しかし、自分が彼女と同年代だったころと比べると恵まれている。そこを見ると共感しにくかった」とする。距離を感じていることがうかがえる。

 そして、40代の女性は「義理の実家との付き合いや、妻として母として抱えるモヤモヤや葛藤がうまく描かれていた」と評価する。同時に「夫が妻を理解しようと努力している様子は(自分と比べると)うらやましい」とした。だが「キム・ジヨン自身が何かにつけて『女性だから』ということを前面に出しているという印象を受けて気になった」と指摘するなど、違和感を覚えた部分も少なくなかったようだ。

 あくまでも一部の声ではある。そうはいっても、世代によって対照的な感想を口にしたのは興味深い。

 ▽大きく変わった韓国社会

 映画に抱く感想が大きな違う原因は世代の違い以外にもある。

 筆者が韓国に住み始めてから、既に20年近い月日が過ぎた。その間、社会や人々の意識を含むさまざまな面において、大きく変化したことを実感している。例えば、子育て。2000年代の初め、韓国では妊娠や出産時のサポートが十分とは言えなかった。父親も育児への関与は皆無だった。

 それが、現在では一変している。子どもを抱いて買い物をしたり、ベビーカーを押して散歩したりする父親の姿を目にすることは珍しくなくなった。幼稚園や学校といった場でも、各種行事に父親が参加することが奨励されている。さらに、男性タレントが育児に奮闘する姿を紹介するテレビ番組が人気を博している。そう。「イクメン」的な父親が増えているのだ。

 夫の実家と既婚女性の関係も変わってきている。2000年代初頭には①親の介護や生活への支援などについては夫の家を優先させること②子どもは家を継ぐことができる男児が好まれる―といった風潮がまだ根強かった。それだけ、既婚女性の精神的、肉体的負担は大きかったと言える。

 70〜80代になっている当時の親世代はいまだに保守的な考え方をする人が多い。それと比べると、現在の親世代に相当する50〜60代は違う。子どものとの関係だけでなく、自身の老後に対しても柔軟に考えるようになってきているのだ。

 ▽増え続ける「独居老人」

 これを裏付ける一つの報告書がある。韓国保健社会研究院がまとめた「家族変化にともなう結婚・出産形態の変化と政策課題」だ。

 これによると、一人で暮らす65歳以上の高齢者、いわゆる「独居老人」は2010年時点で推計105万6千人。1985年の13・2倍に増加している。高齢者ではない単身世帯の伸びが5・7倍だったことに比べるとはるかに急増していることがよく分かる。

 この傾向は継続している。韓国統計庁は昨年、2047年には独居老人が405万人を超えるとする調査結果を公表した。

 今では、妻の実家近くに住んで育児のサポートなどを妻の親に頼る家庭も珍しくない。一部の高齢者は歓迎しているようで「息子よりも娘の方が気遣いをしてくれる。付き合いも心置きなくできるので、老後のことを考えると娘はいた方がよい」という声が聞かれる。

 とはいえ、多くの高齢者にとっては急速な社会や価値観の変化がもたらす戸惑いの方が大きいのが実態のようだ。

 ▽人生の全てに諦め

 次代を担う若者はどうだろう。韓国では若者たちを「N放世代」という呼ぶことが流行している。「N」は「全て」を表す不定数で、「放」は「諦める」という韓国語の頭文字にあたる「放」を組み合わせた造語だ。

 つまり、「N放世代」とは長らく低迷し続ける韓国経済の影響で「全てを諦めて生きる世代」を意味している。全てとはどんなものか。具体的に記すと以下のようになる。「正社員として就職すること」や「恋愛」「結婚」「マイホームを手にする」といったものだ。

 独身の男女の多くが結婚や出産に必要なことは「経済力」と考える。中でも、男性からは「経済力がないので、恋愛や結婚は無理だと思っている」という切実な声が多く聞かれる。結果、韓国では非婚や晩婚、そして少子化が同時に進んでいる 。

 中でも、少子化は深刻だ。統計庁は20年8月26日、19年の合計特殊出生率を0・92と発表した。18年の0・98を下回り、過去最低となった。19年の日本の合計特殊出生率は1・36。韓国は日本以上に厳しい状態に陥っていることが分かる。

 改善を目指して、男性の育児休暇取得といった政策などが推進されている。しかし「育児休暇制度が設けられているといっても名ばかり。実際に取得しようとすれば職場では白い目で見られとても取れるような雰囲気ではない」という言葉に代表されるように、浸透しているとはとても言えない。

 ▽韓国の実相

 新型コロナウイルスによる影響も無視できない。経済がさらに低迷することで出生率が一段と低下することが予想されている。先行きは暗いものになりそうだ。若者世代からは「それでもキム・ジヨンは結婚もして子どももいる。まだ恵まれている」などと言う嘆きの声が聞こえてきそうである。

 映画「82年生まれ、キム・ジヨン」は韓国が抱える根深い問題を的確に捉えている。だからこそ、見た人にさまざまな思いを抱かせるのだろう。冷え込んでいる日韓関係が影響して、政治家などの扇情的な発言や態度を伝えるニュースばかりに目を奪われがちになっている今こそ、韓国の実相を描ききったこの作品を目にしてほしい。