和歌山県田辺市龍神村殿原の郷土史家、古久保健さん(82)は、1945年5月5日に殿原の山中に墜落した米軍の爆撃機B29に関するドキュメンタリー映画「轟音(ごうおん)」の上映などを通じて、平和の大切さを訴え続けている。3日には、龍神村安井の龍神市民センターで龍神中学校の1年生が映画を鑑賞し、古久保さんが子どもたちに思いを伝えた。
 古久保さんは教員を退職後、父が戦死した中国を訪れたことがきっかけで、殿原に墜落して戦死した米兵の遺族に、同じ戦死者の遺族として、墜落当時の出来事や、地元で続けている慰霊について伝えようと活動を開始。遺族を捜し当てて文通を始め、遺族の女性を訪ねるためアメリカ・フロリダ州にも行った。
 「轟音」は、大阪芸術大学の学生たちが卒業制作として作ったものに追加撮影と再編集をして完成させた。搭乗していた米兵11人中7人が墜落で亡くなったが、生き残った米兵に地元の人たちが白米のおにぎりを提供したこと、木製の卒塔婆を立てて1カ月後に住民らで供養をしたことなどを証言映像などで伝えている。
 墜落した時には、古久保さんも母親に連れられて現場に行った。当時の「鬼畜米英」といった教えから、皆と一緒に米兵の遺体に石を投げてしまったことを一生の心の傷にしている。映画では、そのことを米兵の遺族に打ち明けるシーンも収録されている。
 古久保さんが退職後に、B29の残骸を捜すなどしている調査活動も収録。さらに、多くの人の協力を得ながら米兵の遺族を捜し当て、交流を持つようになった経緯も紹介している。遺族の女性が、殿原で続いている追悼活動に感謝する内容のメッセージも収録されている。
 古久保さんは「轟音」の上映を柱とした、反戦を訴える活動をライフワークとしており、上映会は県内のみならず、全国で開催。県内での上映には必ず自ら出向き、資料を持参し、戦争についてより具体的に知ってもらえるよう工夫して、延べ5千人以上に自らの言葉で伝えてきた。
 3日に龍神中学校の生徒が映画を鑑賞した際も、古久保さんの父が戦死する日までの行動を記録した軍隊手帳や、戦時中に殿原で配給された生活物資について記録した帳面などを持参。それらの資料は、当時の苦難を物語っている。
 龍神中は、生徒が原爆投下のあった広島市を訪問したり、修学旅行で沖縄県の平和祈念公園を巡ったりして、学年別で平和学習をしている。殿原にある慰霊碑を訪れ、古久保さんから話を聞いて現地学習もしてきた。
 しかし、戦争を当事者として知る世代は少なくなっている。古久保さんも、高齢のため活動は簡単ではないが、自ら体験したり、調査で見聞きしたりしたことを次世代に伝えたいという思いに突き動かされている。
 上映の当日、古久保さんは生徒に「今日知ったことを、もしかすると明日忘れてしまうかもしれないけれど、この学習が人生の礎として、物事を判断するきっかけになることを願っている。希望を捨てることなく、平和を追求できる人間になってほしい」と語り掛けた。