石川遼が20日から始まる米ツアー、「WGC‐メキシコ選手権」と翌週の「ザ・ホンダ・クラシック」の出場が決まりました。東京五輪出場を目指す石川遼は、上位に食い込んで世界ランキングを上げることができるのか。米ツアーに参戦していた頃に、ゴルフ雑誌ALBAの編集者として取材した思い出を振り返ってみたいと思います。


遼くんが米ツアー本格参戦する前の2011年、「WGC-キャデラック選手権」(米フロリダ州・TPCブルーモンスター at ドラル)へ取材に飛びました。着いたのは前週の日曜日の朝。その週は「ザ・ホンダ・クラシック」に出場している藤田寛之さんが3日目を終えて16位タイと好位置につけていました。会場のPGAナショナルはそんなに遠くない。カメラマンとともに「ザ・ホンダ・クラシック」最終日の取材に行きました。

そして、何とか藤田さんのスタート前に間に合いました。日本からのメディアは少なかったので練習グリーンで声をかけると、「こんな所までどうしたの?」と近くに来てくれました。本当にスタート直前まで話してくれて、こっちがちょっと心配になったんですが、その日は3アンダーで回り、トータル1アンダー・10位タイに入ったんです。藤田さんの米ツアーのベストフィニッシュになりました。そこに立ち会えてホールアウト後も話を聞けたのはラッキーでしたね。

話は脱線しましたが、「WGC-キャデラック選手権」には日本から石川遼、藤田寛之、池田勇太が出場しました。遼くんには練習日の練習が終わった後に取材ができることに。ドラルの練習場は混雑していたので、練習場の反対側で撮影することになったんです(これが後で事件を引き起こします)。与えられた時間は30分。せっかく日本からフロリダまで来たので、できるだけ多くのページを作らないといけないというプレッシャーがありました。

テーマはドライバー。彼が実際に意識している「ルーティン」、「アドレス」、「ワッグル」について取材していきました。話が「スイングの始動」に移ったときに、何と反対側から飛んできたボールが遼くんの足元を通りすぎていったのです。

反対側の打席までゆうに300ヤード以上ありましたが、米ツアーの飛ばし屋はハンパない。さすがにキャリーで届くことはありませんでしたが、流れ弾のようにときどきやってくるボールにヒヤヒヤしながら取材を続けた記憶があります。当時20歳のスーパースターが怪我でもしたら、本当に大変なことになっていたでしょう。多くのページを作らないといけないプレッシャーよりもプレッシャーでした。無事取材を終えて戻るときに、スペインの飛ばし屋のアルバロ・キロスが打っていたので、勝手にキロスのせいにしました。

そのときに取材した「スイングの始動」が印象に残ったので、遼くんのコメントを紹介したいと思います。「ジャック・ニクラスがチンバック(アゴを右に向ける動き)するように、僕にもスイング開始のスイッチがあります。それは頭を少し右にズラすこと。僕のテークバックはヘッドを“上げる”のではなく、“引っ張る”イメージなんです。頭を少し右にズラして体重が右に移動することによって、ヘッドを引っ張る力が体全体に生まれます」。

引っ張るイメージを出すために、当時キャディを務めていた加藤大幸さんにペットボトルを貸してもらって撮影しました。「ヘッドを上げようとすると前傾が起きやすいし、力も入らない。ヘッドの後ろに中身の入ったペットボトルを置いて、それを遠くに飛ばすイメージです。手だけではペットボトルは動きませんが、右足に体重を乗せて引っ張れば、ペットボトルは簡単に動きます。ドライバーの飛距離も伸びそうな気がしませんか?」。

<ゴルフ情報ALBA.Net>