新型コロナウイルス感染拡大の影響で、国内だけでなく世界各国で中止が余儀なくされているゴルフトーナメント。なかなか試合の臨場感を伝えることができない状況が続いています。そんな状況のなか、少しでもツアーへの思いを馳せてもらおうとツアー取材担当記者が見た選手の意外な素顔や強さの秘訣、思い出の取材などを紹介。今回は、切磋琢磨する“昭和の男たち”にまつわるこぼれ話。


昨年の「中日クラウンズ」といえば、男子ツアーでは元号が令和になってからの初試合。優勝した宮本勝昌プロは、「昭和の男・令和で頑張る!」なんて名言を残していましたね。


当時は『うまい!』なんて思って聞いていたのですが、その言葉の意味を改めて噛みしめたのは7カ月後の「HEIWA・PGM CHAMPIONSIP」でした。練習日、選手を探しながらクラブハウスと練習場を行ったり来たりしていると、あっという間に夕暮れ時に。薄暗くなり、ほとんど選手も帰ってしまったよう。最後に練習場をのぞいて帰ろうか…、とドライビングレンジに向かう途中、アプローチ練習場にひとつだけ影を見つけました。

それは宮本プロだったのですが、その姿にふと思い出したのが、2017年の「ブリヂストンオープン」。土砂降りで初日が中止になり、選手が会場から引き上げる中でたった一人、カッパを着て球を打ち続けていたのが藤田寛之プロでした。


宮本プロと藤田プロは、ともに芹澤信雄プロ率いる“チームセリザワ”の一員。“兄弟弟子”のようなものですね。中日クラウンズのとき、宮本プロは「(藤田プロは)練習量が減るどころか逆にトレーニングも増えているぐらい。自分が遅れるわけにはいかない」と話していましたが、追い追われ、互いに意識する間柄。ゴルフは個人競技ですが、こういった選手どうしの関係性が垣間見えるのも魅力だと思います。

話は戻り、19年の中日クラウンズ。今平周吾プロと宮本プロの一騎打ちになり、最終組の3組前でホールアウトした藤田プロが、クラブハウスにテレビ中継を見にやってきました。

1打を競る接戦の中にいる“おとうと弟子”を見ながら、「落ち着いてやってますね。中身はドキドキしてますよ、絶対」と、ご自身もちょっと緊張した面持ちで語っていたのが印象的でした。10mの見事なウィニングパットを沈め、18番グリーンで待つチームセリザワの面々に祝福される宮本プロ。当時も第3者ながら勝手にじーんとしていましたが、1年経って振り返ると、その勝利の重さを改めて感じるような気がします。(文・谷口愛純)

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