公認スポーツ栄養士・橋本玲子氏の連載、今回は「コロナ禍の米国代表の栄養サポート」

 Jリーグやラグビートップリーグをみてきた公認スポーツ栄養士・橋本玲子氏が「THE ANSWER」でお届けする連載。通常は食や栄養に対して敏感な読者向けに、世界のスポーツ界の食や栄養のトレンドなど、第一線で活躍する橋本氏ならではの情報を発信する。今回は「コロナ禍における米国代表の栄養サポート」について。

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 私が所属する国際的なスポーツ栄養の団体の一つ、PINES(Professional in Nutrition and Exercise and Sport/パインズ)。スポーツ栄養士や運動の専門家らが所属するこの団体は、運動とスポーツ栄養に関する教育やガイダンスの構築などを牽引することが主なミッションです。

 団体では世界のスポーツ界とスポーツ栄養に関する最新の情報や取り組みを、メンバーに向けて発信しています。最近ではコロナ禍における各国栄養士の選手・チームに対するサポート内容や取り組みについての連載がスタート。今回はその中から、アメリカ合衆国オリンピック・パラリンピック委員会の契約栄養士、ジェイク・スカラメラさんによる、アメリカ代表チームに対する取り組みについてご紹介しましょう。

 平常時、アメリカ代表チームや選手たちがトレーニングのために訪れるオリ・パラのトレセンは、コロラド州コロラドスプリングス市にあります。このトレセンには非常に立派な食堂があり、多くのオリ・パラ選手が利用。それだけに、コロナ禍における自粛生活で、トレセンを利用できなくなった選手たちの食事をどうするかは、担当するスポーツ栄養士たちの最大の課題でした。

 現在のトレセンの栄養チームの目標ですが、長期的には東京オリンピック・パラリンピックでベストパフォーマンスを発揮するための栄養サポートです。そして短期的には、自宅での生活が中心となる中、いかに栄養面での高い質を保ち、免疫機能を維持するか。また、トレーニングが十分にできない中で、いかに体重・体脂肪をマネジメントしていくかなどが、主な課題となっています。

 トレセンに通わなくても、何の問題もなくトレーニングや食事のコントロールができる選手はいますが、種目によっては自宅でのトレーニングが困難である選手や、スーパーでの買い物や調理の経験が少なく、何を買えばよいのかわからない、レシピのアイデアが浮かばないという選手も当然、います。そのため、栄養サポートチームは、選手が不安になった際にいつでもつながれるよう、オンラインでのコミュニケーションを強化。選手の要望に対し、臨機応変にサポートしていく体制を整えました。

 例えば、オンライン上での個別相談やグループカウンセリングのほか、ランチタイムには競技や種目に関わらず、誰もが自由に入れるバーチャルリラックスルームを開設。食事の作り方やちょっとした栄養の疑問を栄養士に直接質問できる「スナック・チャット」で、いつでも役に立つ情報が手に入るよう、あるいは他愛もない会話でリラックスできるよう、努めているそうです。

最も印象的だったのは「決まった時間に規則正しく食事と補食を摂ること」

 トレセンの栄養士の話で最も印象的だったのは、「食事の内容以上に、決まった時間に規則正しく食事と補食を摂ることに気を配っている」という点でした。

 自粛生活では、選手たち自身が、生活のすべてをコントロールしなければなりません。そこで最も難しいのは、生活のリズムを保つことです。

 そして、生活のリズムを決める軸は、規則正しい食事と睡眠。なぜなら、人は食事や睡眠の時間が不規則になると、体内のリズムを調整する「体内時計」が乱れるためです。体内時計の乱れは、体重や体脂肪の変動や、睡眠不足によるストレスや不安の助長を招き、心身のコンディションに悪影響を及ぼします。トップアスリートともなると体の変調に対しても非常に敏感。ですから、生活リズムに生じる少しの差異が、コンディションやプレーに影響を及ぼします。

 そこで、栄養サポートチームは他のサポートメンバーとも連携。「何を食べるか」よりも「いつ食べるか」に重きを置き、1日のスケジュールやルーティンを含めた、自粛生活下での新しい生活サイクルの組み立をサポートしたそうです。困難な状況下において優先順位を明確に打ち出し、選手のコンディションを包括的に考えてサポートしていることは、非常に印象的でした。

 最後にもう一つ、とても興味深かったのは「自粛生活は『マインドフル・イーティング(Mindful Eating)』を実践するよい機会になったのでは」という報告でした。「マインドフル・イーティング」を簡単に説明すると、「食べることに集中し、体の声に耳を傾けながら食事をする」という考え方です。

 アスリートは通常、食欲だけに従い、食事を摂っているわけではありません。例えば、トレーニングがハードで食欲が落ちていたり、午後のトレーニングを前に空腹でなかったりしても、疲労回復やエネルギー補給のために食事を摂らなければなりません。また、トレーニング効果を上げるために、筋力アップに効果的なタイミングで決められた食事やプロテインを摂ったりもします。つまり、スポーツのためにベストな食事を考えるのが通常です。

 しかし、通常のトレーニングのルーティンから離れたことによって「ゆっくりと、時間に追われることなく味わって食べる」という、当たり前の食行動に立ち返るよいきっかけになったのではないかと、スカラメラさん。

「食べ物が手に入るありがたみ」や「料理を作る楽しみ」、そして「家族と味わいながら食べる」食の楽しみ。コロナ禍による自粛生活を通じて、「スポーツのため」「勝つため」に食べる以外に、食事の大切さやありがたみを見つめ直したアスリートは、日本でも少なくないのではないでしょうか。(長島 恭子 / Kyoko Nagashima)

長島 恭子
編集・ライター。サッカー専門誌を経てフリーランスに。インタビューや健康・ダイエット・トレーニング記事を軸に雑誌、書籍、会員誌などで編集・執筆を行う。担当書籍に『世界一やせる走り方』『世界一伸びるストレッチ』(共に中野ジェームズ修一著、サンマーク出版)、『つけたいところに最速で筋肉をつける技術』(岡田隆著、サンマーク出版)、『カチコチ体が10秒でみるみるやわらかくなるストレッチ』(永井峻著、高橋書店)など。