新リーグへの参入予定チームへの道筋となるか

 ラグビー・トップリーグ(TL)の強豪パナソニック・ワイルドナイツが、14日に埼玉・熊谷ラグビー場で会見を開き、練習グラウンドなどの活動拠点を群馬県太田市から同ラグビー場に隣接する地域に移転することを発表した。この移転は、企業スポーツチームが公共のスポーツ施設敷地内にクラブハウス、グラウンドに加えて宿泊・飲食施設なども運営する、ラグビーではユニークな提携だ。プロ化への布石と位置付けられる2022年1月の開幕を目指す新リーグ構想を踏まえて、参入予定チームが新たな運営スタイルを模索する中で、パナソニックの挑戦は新たなチームの“在り方”の先例として注目される。

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 野武士軍団ワイルドナイツの新しい“ねぐら”は、昨秋のワールドカップ(W杯)日本大会のために大幅に改修された県営熊谷ラグビー場の北西に隣接する。来年8月の完成を目指して、工事関係用のプレハブ棟が建ち、整地も始まっている。実際に現地で予定地に立つと、すぐ隣に建つW杯日本大会で大幅に改修された真新しいスタジアムは、あたかもチームの所有物のようだ。

 ロケーションもだが、新たに建設される施設もいままでの国内ラグビーチームのものとはかけ離れている。大きく宿泊棟、練習グラウンド、管理棟に分けられる施設は3万平方メートルを超える敷地になる。従来の熊谷ラグビー場正面入り口にある駐車場ロータリーの横に重量鉄骨造4階、延床面積約6000平方メートルの宿泊棟が建てられ、その奥に1面の総芝グラウンド、そしてグラウンドと同ラグビー場の間には同2階、同面積約2000平方メートルのクラブハウスと、高さ8メートル、延床面積およそ700平方メートルの室内練習場が並ぶ。

 管理棟にはカプセルホテルを含む全247室のホテルやレストラン、売店などが入り、クラブハウスは選手のロッカーやジム、そしてカフェなども設計されている。これらの施設をパナソニック企業スポーツセンター、パナソニックホームズ不動産が、所有元の埼玉県、建設・施設管理を行う埼玉県ラグビー協会から35年という長期契約で借り受けることになる。建設にかかる経費はおよそ35億円で、発注元の県協会が賄う融資もすでに受けているという。

 国内主要チームのグラウンドは、その大半が会社の敷地内や所有地に造られているため一般人の立ち入りにはある程度の制約があるのだが、パナソニックの場合は公共の公園内の施設ということもあり、クラブハウスなどの一部を除けば誰もが入れるパブリックスペースになる。

クラブハウスの外観イメージ

熊谷ラグビー場をレガシーとして後世にどう伝えていくか

 熊谷ラグビー場は1991年に埼玉県が建設した競技場で、熊谷市も運営に参画する公共施設だ。ラグビー専用で設計されたためピッチとスタンドが近く、生身の肉体の激突が醍醐味のラグビー観戦には最適のスタジアムの1つでもある。「熊谷スポーツ文化公園」と呼ばれる競技場一帯は、およそ90万平方メートルの広大な敷地に陸上競技場、野球場、ドーム型体育館、自然公園などが点在して、ラグビー場も3面ある。今回の新施設は、公園内の多目的広場として使われてきたエリアに建設されることになる。県民・市民の税金が使われていることを考えると異例の事業だが、熊谷市長でもある富岡清・埼玉県ラグビー協会会長は、こう説明する。

「昨年のこの会場(熊谷ラグビー場)で行われたW杯の大成功を、いかに次のレガシーとして残して、後世に伝えていくかが大きな課題だった。そのためには、やはり協力をしなくてはいけないのは、このスタジアムの所有者である埼玉県であり、地元の熊谷市であり、W杯招致の段階から頑張ってきた県協会だと思っています。こういう企業と自治体が連携するというのは難しい事例もあるかと思いますが、埼玉県が本当に大きな考えを持って英断をしてくれたということが一番大きなところかなと感じています」

 W杯開催に伴い124億円を投じて同ラグビー場が改修される時点で、今後の施設の活用方法には自治体やラグビー関係者の中でも様々な議論が行われてきた。多くの関係者が重視したのは、この改修が税金の無駄遣いに終わらないことだった。洋の東西を問わず、大きな国際大会などが行われると巨額を投じて建設された施設が大会後は無用の長物になる事態は少なくない。当初は“コンパクトな運営“と謳われた来夏の東京オリンピックでも、同じような問題は指摘されている。熊谷ラグビー場も、W杯後も有効に、しかも収益面でも税金だけに依存しない運営を模索して辿り着いたのが、パナソニックとの産官共同による運営形態だった。

 管理棟、クラブハウスなどの建物はパナソニックらによる運営になるが、グラウンドの所有者は自治体に残している。チームの飯島均GMは「われわれはあまり練習するチームじゃないので」と笑わせたが、チームが使用しない時間は市民らも利用できるため、高校生の練習や合宿などにも貸し出される。熊谷にグラウンドを持つ立正大を拠点にする7人制女子の強豪クラブ・アルカス熊谷の社会人選手の練習施設としても活用される。

 太田市内に芝2面のグラウンドを持つパナソニックだが、熊谷では建設予定地横の空き地にもう一面の公共グラウンドが建設予定のため、自治体との協議でサブグラウンドとして使用できる方向だ。

 では、企業側はどのような判断で、異例の提携による移転を推進したのだろうか。

 新リーグ開幕へ向けてチーム運営を司るパナソニック・企業スポーツセンターの久保田剛所長はこのように語っている。

「35年という長きに渡るお約束になりますが、スポーツ事業というのは地域にしっかり根差していかなければいけない前提がありますし、今後は企業スポーツとはいえども、新リーグの構想に入っているように、しっかりと事業機能を持つことが必要です。これまでの企業スポーツといわゆるプロスポーツのハイブリッド型のような形で、地域の皆さんと共に50年、100年を目指していくことを考えれば、必然的にこのような流れ、契約になるのかと思います。素晴らしいスタジアムの隣接地で、試合日はもとより、このような環境の中で練習でき、試合日以外にも地域の皆さんと交流できることは非常に大きなメリットだと思います」

悩みの種はアクセスの悪さ、恒常的に人を集められるのか

 TLに代わり2022年1月の開幕を目標に準備を進める新リーグでは、参入希望チームに従来以上に地域に根差した運営や事業性を求めている。具体的には、ホームスタジアムと指定される施設での公式戦開催をはじめ、アカデミー部門の強化や地元住民への普及活動などだ。

 このような新リーグの理念は、企業を母体に運営されてきた多くの国内チームにとっては大きな挑戦であり課題になる。所属企業のコンプライアンスや経営・運営方針による制約がある一方で、熊谷のようにホームゲームを開催する競技場が公共の場合には、使用における商業活動などにも多くの制約がある。その中で、今回のパナソニックの移転に伴う自治体との借款提携や、事業委託、チーム施設の運用方法などは先進的なアイデアであり、飯島GMも「行政の垣根を越えて共生していく架け橋になりたい」と新しいチーム運営のモデルだと考えている。全く同じ形態は不可能でも、今回の企業と自治体の提携は多くのチームにとって先例となるだろう。

 本格的な移転工事が始まる一方で、残された課題もある。熊谷市は古豪・熊谷工高を始めラグビーが盛んにプレーされてきた地域で、自ら「ラグビー・タウン」と名乗る自治体だ。しかし、JR熊谷駅から約5キロの田園地帯に建つ熊谷ラグビー場へのアクセスは劣悪だ。年配者や子連れでは歩くのは勧められない距離で、公共交通機関も試合日の臨時バスなどを含めても利便性は低い。車社会の北関東圏にあるため、地域外から電車などを使って来場するファンにはアクセスの悪さが悩みの種だ。

 2008年に熊谷で行われた早大―関東学院大の大学選手権1回戦は、当時毎年のように覇権を争っていた人気チームの直接対決で、東京・秩父宮ラグビー場ならチケットが完売するような注目カードだったが、熊谷ラグビー場に集まった観客は8000人台にとどまった。

 昨年の改修後は、2万4000人の収容力に対してW杯前の日本代表―南アフリカ代表戦に2万2258人、TL開幕のパナソニック―クボタ・スピアーズ戦に1万7722人と順調な集客を収めている。しかし、関心が移ろい易い国民性を考えても“新装”だけで数年後まで観客を集めるのは難しい。都市部のスタジアムであっても、試合以外の目的で競技場ないしその周辺に人が足を運ぶ具体的な理由がなければ、恒常的に多くの人を集めるのは難しい。

 パナソニックというトップ企業が乗り込んできたことだけでは、集客問題は解決しない。熊谷ラグビー場に人が集まるための付加価値や魅力をどう創り出すかは、これからチーム、自治体、協会が連携しながら考え、取り組む宿題になる。

 移転が正式に決まったことが自治体やチームにとってのゴールではなくスタートラインと考えるべきだが、この提携が多くの企業チームにとっての“叩き台”になることを期待したい。TL参画チームの中でもプロ化推進のトップランナーであるパナソニックと全く同じことを目指す必要はないが、企業スポーツという範疇の中でも、公共施設の使用や地域も巻き込んだチーム運営という観点では、吸収するべき要素が多分にあるのが今回の移転・提携だ。パナソニックとワイルドナイツが踏み出した1歩を、選手とファンにとって、より多くの恩恵がある進化に繋げるためには、多くのチームが自分たちの歩幅に合った変革、外部組織との連携を模索することが必要だろう。(吉田 宏 / Hiroshi Yoshida)

吉田 宏

 サンケイスポーツ紙で1995年からラグビー担当となり、担当記者1人の時代も含めて20年以上に渡り365日欠かさずラグビー情報を掲載し続けた。W杯は1999、2003、07、11、15年と5大会連続で取材。1996年アトランタ五輪でのサッカー日本代表のブラジル撃破と2015年ラグビーW杯の南アフリカ戦勝利という、歴史に残る番狂わせ2試合を現場記者として取材。2019年4月から、フリーランスのラグビーライターとして取材を続けている。長い担当記者として培った人脈や情報網を生かし、向井昭吾、ジョン・カーワン、エディー・ジョーンズら歴代の日本代表指導者人事などをスクープ。