マルチな才能の持ち主、元ショートトラックスピードスケート勅使川原郁恵さん

 20を超える資格と免許を持ち、マルチな才能を発揮する元オリンピアンがいる。その人こそ、元ショートトラックスピードスケート選手の勅使川原郁恵さんだ。オリンピックには長野、ソルトレークシティー、トリノと3大会連続出場。中学2年生の時に全日本選手権で総合優勝を飾って以来、27歳で引退するまで、長く日本ショートトラック界を牽引するトップ選手として活躍した。

 2006年トリノ五輪出場を最後に現役を引退。スポーツキャスターに転身すると、テレビ番組の企画で江戸五街道の一つ、中山道を踏破した。この時、“歩く”という基本動作が体や心に与える効果を実感した勅使川原さんは、日本ウオーキング協会公認の健康ウオーキング指導士の資格を取り、今ではウオーキングの“伝道師”として、様々なイベントでその魅力を伝えている。

 健康ウオーキング指導士から始まり、姿勢アドバイザー、ナチュラルフードコーディネーター、雑穀マイスター、睡眠改善インストラクター、温泉ソムリエなど、「食」と「健康」をキーワードに数多くの資格と免許を取得してきた。そして、2012年に第1子を授かってからは幅が広がり、幼児食インストラクター、ベビーヨガインストラクター、ベビーマッサージインストラクターなど、「子ども」に関する資格・免許がラインナップに加わった。

「アスリートからママになったポイント」は、勅使川原さんにいろいろな変化をもたらしたようだ。3歳でスケートに出会った時。スケートを引退した時。引退後にウオーキングと出会った時――。ここまでいくつもの重要なポイントを通過してきたが、子どもが生まれたことで生活がガラリと変わったという。

 現在、小学2年生と5歳の男の子2人を持つ勅使川原さんだが、2012年に長男が生まれるまでは「自分中心の生活で、自分の体が整えばいいという生活でした」と振り返る。だが、ママになると生活は180度変化。「自分の体は二の次で、子ども中心の生活に変わりました」と笑うが、同時に「子どもができたからこそ、それまで私が重要にしてきた食事だったり運動だったりが、本当に大切なことなんだと実感できています」と、自身の価値観を再認識する時間にもなっている。

勅使川原郁恵さんが語る、アスリートと子育ての共通点とは【写真:近藤俊哉】

「アスリートとして得たことが、ママ業にもすごくプラスになっている」

 子ども中心の生活とはいえ、子どもに依存しているわけではない。大切なのは「自分自身がどう判断して、どう子どもに接するか」。大人が主体性を失わないことだ。“子は親を映す鏡”とよく言うが、親の在り方次第で「子どもの育ち方や性格はすごく変わってくると思います」と言葉を繋ぐ。

「いかに自分をコントロールできるか、整えていくか、ということを考えてやっています。いつもイライラしていると子どもに伝わってしまうので、いかに楽しく生活していくか。考え方や喋り方、物事に取り組む姿勢、すべてが子どもに伝わってしまうので、そういう部分は自分の中で正し、何が重要なのか日々見つけていく感じですね」

 自分をコントロールしながら、ママとしての日々を過ごす中で、ふと気が付いたことがあったという。「アスリートとして得たことが、ママ業にもすごくプラスになっている」ということだ。

「スポーツは結果がすぐに出るわけではないので、その過程がすごく大事です。子育ても同じで、子どもはすぐにいろいろできるわけじゃない。そこで答えを教えずに、イライラせずに、グッと我慢して見守ることがすごく大事なんですね。声掛けのタイミングもすごく大事で、アスリートとしての経験から『今、サポートが必要だ』とか『今は必要じゃない』とか、割としっかりタイミングを見極められていると思います。それは自分にとって大きな発見でしたし、すごくいいなと思っています」

 競技生活も子育ても、結果はすぐに出てこない。「過程が大事」という両者を結ぶキーワードが見えた時、ママ業にアスリートとしての経験が大いに生かされるようになった。

「アスリート時代、私は何事も諦めずに続けることを意識していました。なので、何かに挑戦して、1回できなくて嫌になってしまった子どもを見た時、『大丈夫、あなたならできるから大丈夫』と声掛けしたり、『みんな、すぐにはできないからね』と伝えたりできる。アスリート時代の自分に必要だった声掛けを、今は子どもたちに向かって発している感じで、子育てにとてもプラスになっていると思います」

 自身の体験に基づいた言葉だからこそ、子どもたちにも温かさを持って響くのかもしれない。

経験と気付きを集約した場、ナチュラルボディバランス協会で目指す挑戦

 2019年、勅使川原さんは新たなチャレンジに乗り出した。それが一般社団法人ナチュラルボディバランス協会の設立だ。骨格、運動能力、学習能力など全ての成長曲線における重要期でもある、0〜6歳の乳幼児を主な対象とし、子どもたちの心と体の健やかな育成をサポートすることを目的とするこの団体は、アスリートとしての経験、ママとしての気付きを集約した場でもある。

「息子2人の成長をみていると、子どもの生活環境や親と子のコミュニケーションって、すごく大事だなと思うんです。その中で、子どもにはたくさん本物を体験させてあげたいな、と。運動体験はもちろん、都会に住んでいれば自然に触れ合うチャンスがないと思うので自然の中で学ぶ体験であったり、食事、アカデミー(教養)など、全てにおいて本物の体験をできる場所を作りたくて、団体を立ち上げました。今はそれぞれの分野におけるプロの方を呼んで、一生懸命プログラムを作っているところです」

 プログラム作成の中で重要視していきたいのが、「子どもと親が一緒に学べる場」であることだ。勅使川原さん自身、両親とは「一度も喧嘩したことがないくらい」というほど仲がいい。現役時代には、世界中どこでも、出場する大会には両親が駆けつけてくれた。結果を出すための過程を一緒に歩んできたという思いがあるからこそ、親子が共有できる時間と場所を創出したいと願うのかもしれない。

 アスリートとしての経験に、ママとしての気付きが上積みされた勅使川原さんの歩み。ウオーキングの伝道師らしく、しゃんと背筋が伸びたフォームで未来を見つめながら、確かな一歩を踏み出し続ける。(THE ANSWER編集部・佐藤 直子 / Naoko Sato)