新型コロナウイルスの収束が見えない中、葬儀に参列して近しい人を弔い送り出すことが難しくなっている。全国で移動自粛要請が解除されて「日常」は戻りつつあるが、縁の深かった人みんなで最期のお別れができなかった無念さは、なかなか消えない。

 5月1日、下田ヨシエさん(76)=長崎市鳴見町=は夫の和夫さんを肺がんで亡くした。80歳だった。11人きょうだいの6番目。そのきょうだいたちを、最後の病床にも葬儀にも呼べなかったことがヨシエさんの心残りになっている。

 和夫さんは五島列島のカトリックの家に生まれた。「おれにはきょうだいがいっぱいいるから」と話す姿は長崎出身のヨシエさんにはどこか自慢げに見えた。五島を訪ねた日、アサリがたくさん入ったみそ汁で温かく迎えてくれたきょうだいたちは、ヨシエさんにとってもかけがえのない家族になった。

 コロナ感染拡大の中、県は4月下旬、県境をまたぐ移動や離島訪問の自粛を求めた。和夫さんが亡くなったのはまさに期間。存命のきょうだい7人のうち五島の4人と、県外の1人に連絡を取ったが、きょうだいの方から葬儀の参列を見合わせると伝えられた。「互いに、この状態で外出はできんってわかっとったけんね」とヨシエさん。強引に呼び寄せることもできなかった。

 和夫さんの2歳下の妹、浦上恵子さん(77)=福岡市東区=はこれまでに3人の兄を亡くした。「きょうだいの葬式に行けないなんて初めてよ」と嘆く。2月には一時帰宅していた和夫さんの頭を「診察よ」とふざけてなでた。「いつも冗談ばかり言っててね。『なんで死んだとか』って叱ってやるつもりやった」

 亡くなる4日前。和夫さんは病室の四角く大きな照明を見ながら不思議なことを言った。「あの蛍光灯でテーブルを作ろう。きょうだいみんなが座れるように」

 とっさに意味は分からなかったが、「それだけきょうだいへの思いが強かった証拠なんだろう」と今、ヨシエさんは思っている。「和夫さんもきょうだいも、私も悔しいんよ」。

 車を処分し、携帯電話も解約したが、まだ、何かが済んでいない気がする。「コロナってなんなんやろね。殴ることでもできたら、ちょっとは楽なんやろうに」

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 故人に縁のあった人に会葬を広く呼びかけにくい状況は、新聞の「おくやみ欄」からうかがえる。

 おくやみ欄の情報は、葬儀会社から新聞社に寄せられる。葬儀の日時と場所が記されるが、「○日に営まれた」と記載された情報が葬儀後に届く例もある。葬儀を近親者だけで営み、亡くなったことは事後に広く知らせたい、という遺族の意向があると、このような記載となることが多い。

 国内で感染が拡大した3〜5月、朝日新聞ながさき版のおくやみ欄で「営まれた」との記載は227件。50件だった前年同時期の4倍超だった。

 冠婚葬祭大手のメモリード(長与町)では、葬儀を依頼した遺族には、高齢者の参列は感染リスクがあると事前に伝えている。葬祭部門を担当する古野泰之さんは「おくやみ欄への事後掲載を希望したり、掲載自体を取りやめたりする遺族は確実に増えている」と言う。

 古野さんは「故人本人しか連絡先を知らない知人が告別式に来ることで、遺族が知らなかった一面に触れることもある。そのような機会が失われることは非常に残念」と話す。(横山輝)