村田諒太が「怖い」と泣いたデビュー戦 その時、父親は

村田諒太が「怖い」と泣いたデビュー戦 その時、父親は

■ボクシング村田諒太が語る父親との関係

 今でも忘れません。

 プロデビュー戦を前にして、僕からお父さんに電話をかけたときのことです。何げない会話を続けていたら、声を聞いているうちに「こんな試合なんかしたくない」「怖い」と思わず泣いてしまった。周囲からのプレッシャーに、押しつぶされそうになっていたんです。お父さんは、黙って話を聞いてくれました。

 試合の数日前、一通のメールが届きました。お父さんからでした。「結果ではなくて、いま自分にできることを表現する方が大事なんじゃないか」と書いてあった。見た瞬間に、すごく気持ちが楽になったんです。その通りだ、やるしかない、と腹が固まりました。

 お父さんは公務員でした。定年まで大阪府にある知的障害者施設で、入所者の身の回りの世話をしていました。スポーツの経験はありませんが、すごくがっちりした体をしています。遺伝的に筋肉がつきやすい家系なのかもしれません。

 夜の付き合いを全くせず、いつも夕食は自宅で。僕が小さいころ、休日はいつも、キャッチボールをしたり、サッカーをしたりして遊んでくれました。泊まり勤務もあって、それが終わると昼には家に戻ってきた。寝ているところを邪魔すると、「あと1時間、30分だけ寝かせて。そうしたら遊ぶから」って。おおらかな人。ほとんど怒られた記憶がないですね。

 僕がボクシングを始めてから、一度も試合を見に来たことがありません。ロンドン五輪の前年にアゼルバイジャンで行われた世界選手権で、僕は決勝まで進みました。日本にいたお父さんはインターネット中継で試合を見ていたそうです。そしたら、負けてしまった。「俺が見て負けるのは嫌だから」と、リアルタイムで試合を見たのはそれが最初で最後ですね。

 還暦を迎えたときに、ジャケットを買ってプレゼントしました。「ちょっとサイズが小さいな」とぼやかれた。なんやねんそれ、と思っていたけど、冬になると毎年、そのジャケットを着ているんです。心の中では喜んでくれているんでしょうね。(聞き手・清水寿之)

     ◇

 〈むらた・りょうた〉 1986年、奈良市生まれ。プロボクサー。南京都高(現京都廣学館高)時代に高校5冠。ロンドン五輪では男子ミドル級で日本勢48年ぶりの金メダル。2013年にプロデビュー。

ニュースをもっと見る

スゴ得でもっと読む

スゴ得とは?

関連記事

おすすめ情報

朝日新聞の他の記事もみる

主要なニュース

主要なニュースをもっと見る

11時01分更新

社会のニュースをもっと見る

10時54分更新

経済のニュースをもっと見る

09時55分更新

政治のニュースをもっと見る

10時14分更新

国際・科学のニュースをもっと見る

09時06分更新

エンタメのニュースをもっと見る

09時34分更新

スポーツのニュースをもっと見る

10時43分更新

トレンドのニュースをもっと見る

10時39分更新

仕事術のニュースをもっと見る

16時10分更新

生活術のニュースをもっと見る

16時35分更新

スポーツのニュースランキング

ランキングの続きを見る

東京の新着ニュース

東京のニュースをもっと見る

記事検索