【2020年1月16日 Kavli IPMU】

宇宙は誕生以来、膨張し続けている。その膨張率は「ハッブル定数」と呼ばれ、宇宙の年齢や構造を理解するうえで重要なパラメーターだ。定数とはいうものの、複数の手法によって導かれた値には食い違いが見られており、正確な値を調べたり違いの原因を探ったりする研究が行われている。

独・マックス・プランク物理学研究所/台湾中央研究院天文及天体物理研究所のSherry Suyuさんたちの研究チーム「H0LiCOW」はハッブル宇宙望遠鏡やすばる望遠鏡を用いて、約30億光年から65億光年彼方に位置する6個のクエーサーを観測し、ハッブル定数の値を調べる研究を行った。クエーサーは銀河中心のブラックホールに物質が落ち込むことで輝いており、遠方にあるにもかかわらず明るく見える天体である。

6つのクエーサー
ハッブル宇宙望遠鏡とケック望遠鏡で撮影された、重力レンズ効果の影響を受けた6つのクエーサー(提供:NASA / ESA / S.H. Suyu (Max Planck Institute for Astrophysics, Technical University of Munich, and Academia Sinica Institute of Astronomy and Astrophysics) / K.C. Wong (University of Tokyo's Kavli Institute for the Physics and Mathematics of the Universe))

これら6個のクエーサーの手前(地球とクエーサーとの間)にはそれぞれ別の銀河が存在しており、その銀河による重力レンズ効果を受けてクエーサーからの光は複数の像に分かれて見える。各像からの光はわずかに異なる経路をたどって地球に到達するので、光が到達するタイミングも異なるものとなる。この時間差は経路の差を反映し、経路の差はレンズ源となる銀河の物質分布やクエーサーと銀河それぞれの距離に依存するため、時間差から天体までの距離が推定できるのだ。

こうして得られた距離と、赤方偏移の観測から得られる銀河の後退速度との関係から、Suyuさんたちはハッブル定数の値を73km/s/Mpc(不確定性2.4%)と導き出した。これは、銀河が地球から1Mpc(約326万光年)遠くなるごとに、宇宙膨張に伴って銀河が遠ざかっていく速度が秒速73kmずつ大きくなることを意味する。Suyuさんたちは3年前にも同様の手法でハッブル定数を導き出していたが、今回の研究ではより精度が高くなっている(参照:「重力レンズが裏付け、予想より速い宇宙の膨張」)。

この値は、変光星や超新星の観測をもとにした研究成果の一つである74km/s/Mpcには近いが、ヨーロッパ宇宙機関の人工衛星「プランク」による宇宙背景放射の観測から導かれた67km/s/Mpcと比べると有意に大きい。今回の研究は、地球から比較的近い宇宙の観測データから「現在の宇宙の膨張率」を導いたものだが、プランクの結果は誕生から約38万年後の宇宙の観測から導いた「現在の宇宙の膨張率」だ。本来はどちらの求め方でも同じ値が得られるはずだが、今回の結果から、両者の間に偶然や誤差ではない食い違いが存在することの確実性が3年前の研究よりもさらに高まった。

2つの値の間に見られる矛盾を説明するには新たな物理が必要となるかもしれない。「私たちの測定は他の手法と完全に独立しているため、他で得られた結果をチェックする重要な値として機能します。今回の結果は、宇宙に対する私たちの理解が何か間違っているかもしれないことを示しています」(Kavli IPMU Kenneth Wongさん)。