新型コロナウイルスの感染拡大に揺れる国内モータースポーツ界。2020年はGT500クラスへのクラス1車両の導入、年間2戦の海外開催、熾烈さを増すGT300クラスなど数多くのトピックスがあったスーパーGTも、開幕から5戦が延期となってしまった。ただ7月の開幕を前に、ちょっぴり知識をつけておけば、来たる開幕がより楽しく迎えられるはずだ。そこで、不定期連載となるがスーパーGT参戦チームのチーム名とカーナンバーの由来をお届けしよう。第31回目は、GT500クラスに参戦するTGR TEAM WedsSport BANDOHだ。

■TGR TEAM WedsSport BANDOH
マシン:WedsSport ADVAN GR Supra
ドライバー:国本雄資/宮田莉朋
カーナンバー:19
監督:坂東正敬
タイヤ:ヨコハマ

 ブルーとイエロー、ホワイトというお馴染みのウェッズスポーツカラーをまとう、スーパーGTでも人気のチームのひとつといえばTGR TEAM WedsSport BANDOHだ。その歴史は長く、初代の坂東正明社長が1983年に設立した、アフターパーツ卸売の坂東商会にルーツがある。同時に『レーシングプロジェクトバンドウ』として富士フレッシュマンレースなどモータースポーツ活動をはじめ、土屋圭市も起用している。

 1987年にはJTC全日本ツーリングカー選手権(JTC)のディビジョン3に参戦。翌88年にはウェッズスポーツのカラーリングをまとうカローラFXが登場した。さらに1989年にはAE92カローラレビンにスイッチしたが、この年からカーナンバー『19』をつけており、これは2020年まで31年も続く番号となる。

 この由来については、当時ディビジョン3に参戦していた浅野レーシングサービスが理由のひとつ。現在もスーパー耐久に挑んでいる浅野レーシングサービスは、今も昔もRPバンドウ同様、ウェッズスポーツカラーをまとい、カーナンバー『18』をつけている。その続きの番号としての『19』というわけだ。

『19』をつけるにあたっては、当時のディビジョン1に参戦していたインパルが1985年に使用。さらに86〜88年には、サードのスープラが使っていた。ただ89年にサードはJTCを戦っておらず、バンドウがインパルに『19』を譲ってもらったという話も残っている(インパルは88年から『12』で参戦)。いまではすっかり定着した番号だが、賭けの『おいちょかぶ』では、1と9は“クッピン”で縁起がいい数字であること、また『行く』という意味ももたせている。

 JTCでは、トムスやつちやエンジニアリングなどとともに、ホンダ・シビック勢との戦いを展開。その後JTCC全日本ツーリングカー選手権に変わってからも、松永雅博や金石勝智を擁しワークス勢との戦いを展開していった。

 一方、JGTC全日本GT選手権には、1997年から参戦を開始した。最初のマシンは、RS☆Rカラーのニッサン・シルビア。この年は福山秀朗と、かつて坂東商会の社員でもあった織戸学のドライブでデビューウインとGT300チャンピオンを獲得している。

 翌年からはFFのトヨタ・セリカ(ST202)にスイッチ。さらに2001年からはMR-Sを走らせ、さらに2003年の途中からは、GT300の歴史にとってもエポックメイキングな一台となったセリカ(ZZT231)を投入。GT500のパーツを流用したマシンは快走をみせるとともに、このセリカは青木孝行や谷口信輝、加藤寛規、脇阪薫一、飯田章、関口雄飛といった現在も活躍するドライバーたちが駆っている。

 2007年、チームには変革期が訪れた。坂東正明代表がGTアソシエイションの代表を務めることになり、ドイツでのサッカー留学の後、モータースポーツを学んでいた息子の坂東正敬が2008年に社長・監督に就任。さらにGT300にミッドシップのレクサスIS350を投入した。チームには、長年正敬監督の“兄貴分”のような存在だった織戸が復帰すると、その年の第7戦で最後尾スタート〜優勝というはなれ業で優勝。2009年には織戸/片岡龍也のコンビで1997年以来のチャンピオンを獲得してみせた。

 その勢いとともに、2011年からはGT500クラスにも挑戦。片岡や荒聖治、脇阪寿一や関口雄飛など蒼々たるメンバーを起用しながらもなかなか勝利には届かなかったが、2016年第7戦タイで関口雄飛/国本のドライブで初優勝。フィニッシュ後、GTアソシエイションの代表という立場ながら坂東正明代表は、正敬監督に「お前、やったな。すごいぞ」と声をかけ、親子の熱い涙が流れた。

 2020年もGRスープラで挑むTGR TEAM WedsSport BANDOH。正敬監督は「実はもう僕は昨年の富士で監督として100戦を超えていて、僕が代表の方がスーパーGTでは長いんですよ」という。

「チームとして、車種が変わっている回数ではウチがいちばん多いと思いますし、歴代ヨコハマで出ているのもウチがいちばん長いんじゃないかと思います。それにウェッズさんも170戦くらい一緒に戦ってくれてるんじゃないでしょうか」

 今年も長年チームを支え続ける“仲間”たちと爆走坂東組の冒険は続いていく。