フェラーリのシャルル・ルクレールは、親しい友人でありモータースポーツの世界で導いてくれる師でもあったジュール・ビアンキについて語り、彼が生きていればフェラーリのドライバーとなり、自分よりも活躍していただろうと断言した。

 ルクレールは、8歳年上のビアンキから揺るぎないサポートを受けながら、カートレースのランクを昇格していった。
 その後、ルクレールは4輪レースに参戦するようになり、一方のビアンキもモータースポーツの階段を順調に駆け上がっていった。ビアンキはフェラーリのドライバー育成プログラムであるフェラーリ・ドライバー・アカデミーのメンバーとなり、2013年にマルシャからF1にデビューした。

 しかしビアンキは2014年日本GPでのアクシデントで頭部に重傷を負って昏睡状態に陥り、9カ月後の2015年7月にこの世を去った。この出来事に、ビアンキ家もルクレール家も大きな衝撃を受けた。

「ジュールの父と僕の父はよく、僕たちのキャリアはとてもよく似ているって冗談を言っていたんだ」とルクレールは4月に行ったメディアのインタビューにおいて振り返った。

「不思議なことに、ふたりともレースをしている時、同じ週末にふたりともすごく調子が悪いということが必ずあった。僕らの父親は、それについていつも冗談を言っていたんだ」

「僕たちのキャリアは確かにとても似ている。僕のマネージャーのニコラス(・トッド)が、多少の違いはあれ、僕たちふたりを同じ道に導いてきたんだ」

 ビアンキは、戦闘力の低いマルシャのマシンに乗りながら、2014年のモナコGPでは9位という素晴らしい結果を出し、チームに初のポイントをもたらした。このレースで、ビアンキは才能あるドライバーであり将来有望であることが、はっきりと証明された。

 最近、ダニエル・リカルドは、ルクレールはビアンキが達成したであろう実績を、代わりに成し遂げているように感じると述べている。
「ある意味では、シャルルはジュールがやっていたかもしれないことをやっているように感じる。まるでシャルルは、ジュールが成し遂げたであろう成功を後からやっているようだ」

 謙虚なルクレールは、ビアンキが今走っていれば自分よりも素晴らしいパフォーマンスを発揮していたはずだと語った。

「ジュールはF1で自分が何をできるかをしっかり証明したと思う」とルクレールは語った。

「もっとたくさん好結果を出したはずだ。マルシャにいた時のモナコの結果が、彼の才能について多くを物語っていると思う」

「彼はF1シートに値する力を持っていた。僕以上にフェラーリのシートにふさわしかったと思う。でも残念なことに、彼はそういう道筋をたどることがかなわなかった」

「今の僕より彼の方が力を発揮したはずだ。僕はそう思っている。彼には素晴らしい才能があったんだ」