2019年10月、ホッケンハイムで行なわれたDTM最終戦に、スーパーGT GT500の3台が参戦。長年に渡るコラボレーションの形が本格的にスタートした記念の日だった。と同時に、スーパーGT側にとってその日は別の意味でも深く刻まれた一戦だった言える。未知のコース、未知のタイヤに翻弄されたスーパーGTはDTMを相手に惨敗を喫したのだ。

 その時からドライバー、エンジニアらの間で口々に語られたのが「メカニカルグリップの重要性を痛感した」という言葉だった。その後、富士スピードウェイで行なわれたスーパーGT×DTM特別交流戦では一矢報いたものの、あのホッケンハイムでの出来事はいまも苦い記憶として残っている。

 スーパーGTとDTMには共通車両規定『Class1規定』があるとはいえ、コース等の環境要因やタイヤなど両者には大きな違いがある。そのため、そもそもにおいてマシンを作り上げるフィロソフィーは異なる。その一因が“メカニカルグリップ”だ。オートスポーツではこの日からあらためて“メカニカルグリップ”について考えてきた。

 現代のレーシングカーが速く走るための必要な要素として、エアロダイナミクスが重要な割合の多くを占めている。F1マシンを見てみると毎年さまざまな空力パーツがアップデートを繰り返している。もちろん、そのパーツひとつ、ひとつが0.1秒でも速く走るために必要なコンポーネントであることは間違いない。しかし、それもマシン本来のパフォーマンスが良くなければ意味をなさない。そこで必要となるのが“メカニカルグリップ”の存在だ。

 3月13日(金)に発売されたオートスポーツNo.1526から4号連続で掲載された『いまこそ知っておきたいレーシングカーのサスペンション』企画内では、その重要性が示されてきた。さらに4月24日(金)に発売されたオートスポーツNo.1529ではすべてを総括して速いレーシングカーとは何なのかを定義している。

■速いクルマを作る12の定義

 F1解説でおなじみの森脇基泰氏はメカニカルグリップを「空力によるダウンフォースとは関係なく、サスペンションを活用して作り出すグリップ」のことだと説明している。そのために必要なサスペンションの役割やセッティングのポイントなどは第1回〜第3回の中で説明している。
 では、最終的にそれらの技術をレーシングカーに盛り込み、メカニカルグリップを活かして、速いクルマを作るにはどうしたらいいのか。それには“12の定義”があると森脇氏は言う。下の表がそれだ。さらに、F1、スーパーGT GT500、スーパーフォーミュラの車両開発自由度と調整幅を当てはめてみると非常に興味深いものが見えてくる。

“12の定義”FORMULA 1SUPER GT GT500SUPER FORMULA①少ない転がり抵抗◎◯△②少ない空気抵抗◎◯△③軽い車体◎◯△④高いブレーキ力◎△△⑤低い重心◎◯△⑥大きなダウンフォース◎◎△⑦幅の広いトレッド◯△△⑧大きなエンジン出力◎◎◎⑨グリップの高いタイヤ△◎×⑩長いホイールベース◎△△⑪回転部軽量◎△◯⑫小さな慣性◎◯△
 
 実際はこれほど簡単に表記できるものではなく、あくまで相対的な概念ではあるが、たとえば⑨グリップの高いタイヤではF1が△、GT500が◎、スーパーフォーミュラは×となっている。
「なぜ、世界最高峰であるF1が△なのか?」と思った方は少なくないだろう。

 GT500はブリヂストンやミシュラン、ヨコハマ、ダンロップとタイヤコンペティションが存在するため、各タイヤによってさまざま選択肢が存在している。しかし、F1とスーパーフォーミュラはそれぞれピレリとヨコハマのワンメイクだ。ただし、F1は5種類のコンパウンドが存在し、各グランプリでそれぞれ3種類のタイヤが指定され、GT500ほど調整幅は広くないが、多少の選択肢が残されていることを考慮すると△となる。
 スーパーフォーミュラは2020年シーズンのタイヤがソフトタイヤのみの1スペックとなったために×としている。

 DTMとの交流戦でGT500が苦戦した理由もこの⑨グリップの高いタイヤから分かるだろう。ハンコックタイヤのワンメイクであるDTMではこの項目は×になる。タイヤの違いひとつでマシンに対する考え方は大きく異なる。

 ③軽い車体、⑫小さな慣性についてはF1は最低重量と前後重量配分がレギュレーションで定められている。ただし、GT500やスーパーフォーミュラとは違い各チームが一からマシンを製作するという開発自由度の高さがあるため◎だ。

 GT500はDTMとの共通レギュレーションであるClass1規則に乗っ取って作られているが、デザインラインやカウルなどの開発しろは少なくないため○。スーパーフォーミュラは条件は満たしているものの、ダラーラのワンメイク車両であるため△となる。

 このようにあくまでマシンのベースではあるが各項目に特性を当てはめると、それぞれのカテゴリーが速いクルマを作るために開発リソースをどこに注ぐべきかが見えてくる。

■メカニカルグリップが良くなければすべてが台無し

 空力の鬼才と呼ばれるエイドリアン・ニューウェイは自身の著書『HOW TO BUILD A CAR』の中で、シャシー・デザイナーが目指すものを定義している。

1:ブレーキング、コーナリング、加速のフェーズを通じて、タイヤが路面に均等にできるだけ安定して接地しているようにすること

2:車体をできるだけ軽くすること

3:車体が発生するドラッグをできるだけ小さくすること

4:コーナーの各フェーズを通じて、できるだけ大きなダウンフォースをバランス良く発生させること

 ニューウェイはこれらをダウンフォースに必要な項目として記しているが、以上の4項目は森脇氏が定義した速いクルマの条件にも含まれている。さらに、ニューウェイは空力を利用してグリップを得られるダウンフォースを「いくら食べてもなくならないケーキ」だと説明している。

 しかし、想像してほしい。そのケーキも元の材料が良くなければおいしさを感じることもなく、食べる量も減ってしまうだろう。

 つまり、空力がパフォーマンスに与える影響が大きいのは事実としても、その生み出されたダウンフォースを最大限に活用するためには、マシン本来の「メカニカルグリップ」が良くなければすべてが台無しになってしまうということだ。

 それゆえに「メカニカルグリップ」は重要な技術領域であり、速いマシンの絶対条件となる。


 サスペンションのことを深く理解することは難しくとも、用語や基本となる仕組みが分かれば、レーシングカーを見るときの視点が変わる。新型コロナウイルスの影響で外出が自粛され、レースの開幕が延期されているいま、少しマニアックな世界の知識を増やすチャンスではないだろうか。

 オートスポーツwebチャンネルではこれまでの森脇氏による講義をまとめて見ることができる。