◆ フォーカス・レコードホルダー 〜盗塁(通算)〜

 「新型コロナウイルス」の問題で未だ開幕の見通しが立っていないプロ野球。前に進むことができない今こそ、過去の偉大な記録にフォーカスを当てて振り返ってみよう……ということで始まったこの企画。

 その名の通り、過去の記録にスポットを当て、“歴代No.1”の記録を持っている選手を中心に振り返ろう、というのがテーマ。今回取り上げるのは「通算盗塁」。早速だが、NPBの歴代トップ10を見てみよう。


▼ 歴代最高記録・盗塁(通算)
1位 1065個 福本 豊 [1969〜1988]
2位 596個 広瀬叔功 [1956〜1977]
3位 579個 柴田 勲 [1962〜1981]
4位 479個 木塚忠助 [1948〜1959]
5位 477個 高橋慶彦 [1976〜1992]
6位 456個 金山次郎 [1943〜1957]
7位 415個 大石大二郎 [1981〜1997]
8位 390個 飯田徳治 [1947〜1963]
9位 381個 呉 昌征 [1937〜1957]
9位 381個 赤星憲広 [2001〜2009]


◆ 走って、走って、走りまくった

 「世界のホームラン王」が王貞治ならば、「世界の盗塁王」といえば福本豊。20年のキャリアで積み上げた盗塁の数はなんと「1065」。2位に500個近い差をつけた不滅の大記録である。


 社会人の松下電器から1968年のドラフト7位で阪急に入団。身長169センチと小柄だったこともあり、事前に積極的な動きを見せる球団も少なかったことから、本人もプロ野球という世界を意識することはほとんどなく、ドラフト会議の翌日にスポーツ新聞を読んでいた会社の先輩に声をかけられるまで、なんと自身がドラフトで指名されていたことを知らなかったという。

 今では考えられないウソのようなエピソードであるが、その期待の低さをはねのけて、プロ2年目にはレギュラーの座を掴むと、75盗塁を決めていきなり盗塁王のタイトルを獲得。その後、4年目の1972年には、NPB史上唯一のシーズン3ケタ盗塁も決め、当時のMLB記録であったモーリー・ウィルスの104盗塁を上回る106盗塁をマーク。史上初となるMVP&盗塁王のW受賞も果たしている。


 プロ2年目の1970年から1982年まで13年連続で盗塁王に輝き、この受賞回数も歴代最多。しかし、実は単純な“スピード”が飛びぬけて速かったというわけではない。

 福本が最も得意としていたのが、投手のクセを盗むこと。徹底的な研究をもとに、盗塁の数を飛躍的に増やしていったのだった。

 また、福本が盗塁の極意として挙げているのが“思い切り”。とにかく失敗を恐れずに走っていくことが重要との考えから、実は盗塁刺の「299」というのも今なお残るNPBの歴代最高記録である。

 ケガをせずに試合に出場し続け、相手をよく研究し、そして思い切って走ること。この3つが前人未踏の「1000盗塁」に繋がったのだ。


 ちなみに、福本が野球界に残したものは大記録だけではない。

 この福本をどうにか止められないものかと熱心に考えていたのが、南海の捕手だった野村克也。パ・リーグで指名打者制が採用される以前は、二死走者なしから「9番・投手」に四球を与え、1番・福本の前に走者を置いた状態で戦うという“奇策”にも取り組んだというから、ノムさんがどれだけその脚を嫌がっていたことがよく分かる。

 そこで、福本を含めた韋駄天対策として編み出されたのが、投手の“クイックモーション”である。現代では、盗塁阻止は投手と捕手の共同作業であるという考えが当たり前になっているが、当時は一塁に走者がいるからと言ってモーションを小さく、早くするという考えはなかった。

 今では常識のような戦術も、実は福本vs.野村の戦いからはじまったもの…。このライバル関係が、日本の野球そのものを大きく変えたと言っても過言ではない。


▼ 福本豊・年度別盗塁
1969年:4個(38試合)
1970年:75個(127試合)
1971年:67個(117試合)
1972年:106個(122試合)
1973年:95個(123試合)
1974年:94個(129試合)
1975年:63個(130試合)
1976年:62個(129試合)
1977年:61個(130試合)
1978年:70個(130試合)
1979年:60個(128試合)
1980年:54個(128試合)
1981年:54個(130試合)
1982年:54個(127試合)
1983年:55個(130試合)
1984年:36個(130試合)
1985年:23個(130試合)
1986年:23個(130試合)
1987年:6個(101試合)
1988年:3個(92試合)
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[通算] 1065個(2401試合)