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『瀬戸内少年野球団』
著者:阿久 悠
発行:文藝春秋(550円 Kindle版)/岩波現代文庫(1160円+税)

◆ 阿久悠のルーツ

 舞台は終戦直後の淡路島。主人公の竜太少年は、幼馴染の仲間たち、学校の先生、地域の人々との交流や、「あたかも宗教のように心をとらえてはなさない野球」を通して、戦後の復興期と時を重ねながら、大人の階段を少しずつ少しずつ登っていく。

 作者は数々の名曲を世に送り出した昭和を代表する作詞家、阿久悠。1937年生まれで、8歳の時に兵庫県洲本市で実際に終戦を迎えている作者の自伝的小説である。

 竜太少年に自身を投影しながら阿久悠は当時を思い起こし、丹念に物語を紡いでいく。子どもから大人の入り口に差し掛かる多感な頃。さまざまな文化、風俗、はたまた事件などに遭遇しながら、徐々に成長していく。

 戦後復活したばかりのプロ野球や、中等(高校)野球の様子を熱心に綴り、野球への想いを募らせていくと、やがて三角ベース、手作りグローブやバット、健康ボールに手に入れて、仲間たちと野球に明け暮れる。

 もちろん竜太少年は歌も大好きだ。ラジオから聴こえる流行歌だけでなく、艶っぽい春歌や地元に歌い継がれる名もなき歌をいつも口ずさんでいる。時代の最先端を行く華やかな歌謡曲から、陰影に富んだ演歌、ブルースなど、独特の世界観に彩られた歌詞を星の数ほど書き続けてきた作詞家としてのルーツもまた垣間見ることができる。


◆ 阿久悠と甲子園

 本作とは離れるが、阿久悠は実は得難い体験の持ち主でもある。入学したばかりの高校の野球部がまさかの全国制覇を成し遂げているからだ。

 第25回(1953年)選抜高校野球大会に春夏通じて初出場した兵庫県立洲本高校は、中京商、豊橋時習館、小倉を破って決勝進出。大方の予想を裏切って優勝候補だった浪華商業を4-0と撃破。初出場初優勝という快挙だった。現在まで続く長い甲子園の歴史において、沖縄以外の離島で優勝したのはこの時の洲本高校だけである。

 感受性豊かな15歳の高校生には、野球、そして甲子園の存在が強烈に刻み込まれたことだろう。後年、1979年から2006年の長きにわたり、夏の全国高校野球開催期間中はスポーツ紙に『甲子園の詩』と題した一遍の詩を毎日のように書き続けた。

 『瀬戸内少年野球団』は第82回(1979年)直木賞候補作になり、のちに篠田正浩監督のもとで映画化され、1984年に公開されている。主演を務めた夏目雅子の遺作となり、また渡辺謙のスクリーンデビュー作ともなった。

 阿久悠は2007年にこの世を去ったが、故郷である兵庫県洲本市のウェネスパーク五色(高田屋嘉兵衛公園)中央の芝生広場では『瀬戸内少年野球団』の記念碑と野球少年たちの銅像が今も白球を追っている。