◆ 白球つれづれ2020〜第18回・野球好きたちの挑戦

 元阪神、日本ハムなどで活躍した新庄剛志氏が現役復帰を模索しているという。本来なら5月初旬には移住先のインドネシア・バリ島から帰国して本格的なトレーニングに励むつもりだったが、新型コロナウイルスの影響もあって、それもままならないが現在48歳。2006年に日本ハムで現役引退してから13年間のブランクがある。

 引退の理由は、守備の衰えと体力の限界、さらに動体視力の低下というものだった。常識で考えれば、到底叶わぬ夢だが本人はそう思っていない。昨年11月、自身のインスタグラムでは「1%の可能性があれば必ず出来る」と投稿している。

 阪神時代には巨人戦で槙原寛巳投手から敬遠球をサヨナラ打。日本ハム時代には札幌ドームの天井からゴンドラに乗って舞い降りたかと思えば、ハーレーダビッドソンで入場したり、の型破り男、常識への挑戦が何とも新庄らしい。

 甲子園の人気者がメジャー挑戦を果たしたのが2001年のこと。あのイチローさんと並んで日本人野手第1号のパイオニアだった。幅広い守備と勝負強い打撃で一時はメッツの主軸を任されるが、徐々にインパクトは薄れジャイアンツ移籍後の03年に退団している。


◆ 「ほっとけ 俺の人生だ」

 現役時代同様に、引退後の人生も波乱に満ちている。デザイナーに実業家、はたまたエアブラシアートの芸術家、映画のプロデューサーも。約10年間住み続けたバリではプール付きの豪邸に住んでいたかと思えば、最近は金銭的なトラブルに巻き込まれて家賃3万円のアパートで自炊生活を続けている。

 現地では筋トレやバットの素振りなどで体力強化する姿を先月、フジテレビ系列の番組で紹介、その中で本人の口から「実はある球団にオファーを出したが、コロナの影響もあって断られた」と衝撃の発言も飛び出している。

 もっとも、複数の球界関係者に取材してみたが、日本球界復帰の可能性はゼロに近い。

「山本昌(元中日)のように50歳になっても活躍した選手はいるが、それはシンカーという特殊技能を持った投手だったから。特別に打撃のいい選手ではなかったし、守備、脚の衰えもあれば魅力を感じない」

 「彼独特の話題作りじゃないの?」という声が圧倒的だ。

 さらに、復帰宣言のタイミングが悪すぎる。コロナ禍により、開幕すらいまだ見通せない。当然、球団を取り巻く環境も悪化しているため、仮に新庄の根強い人気と話題性を考慮しても獲得に乗り出す球団は見えて来ない。観客動員には喉から手が出る地方独立リーグでもなおさらだ。もっとも、そんなことは新庄自身が百も承知だろう。

「ほっとけ 俺の人生だ」。日本ハム時代に愛用したTシャツのフレーズである。転んでも、転んでもただでは起きない。そんな逞しさとしたたかさが新庄の生き様、次なる転身が待たれる。


◆ 頂点を極めし男たちのドラマ

 もう一人、球界復帰を目指してトレーニングに励んでいる元メジャーリーガーがいる。

 ダイエー、ソフトバンクでチームリーダーとして活躍後にマリナーズ、ブルージェイズなどを渡り歩いた川崎宗則選手、38歳。こちらは17年に古巣・ソフトバンクに戻ったが自律神経失調の病で退団、昨年からは台湾野球の味全にコーチ兼任選手として在籍した。だが、同年秋に右肩を痛めて現在は再契約に向けてリハビリ中という。

 メジャーでは、プレー以上に明るい人柄と飾らないインタビューで人気者に。昨年オフから日本国内でもゲスト解説などネット裏の仕事も増えている。イチロー愛のあふれた語り口や豊富な知識ですこぶる評判がいい。王貞治ソフトバンク球団会長の秘蔵っ子の一人でもあり、将来は球団の幹部候補生の声もある。

 今や、毎年のようにメジャーリーグ挑戦を続ける日本選手たち。帰国後の立ち位置も様々だ。石井一久氏は楽天のGM、高津臣吾、井口資仁はヤクルトとロッテの監督。松井稼頭央は西武二軍監督で、田口壮はオリックスの一軍コーチと、各球団の要職に就く元メジャーリーガーたちは年々増えている。

 一方で西武・松坂大輔や巨人の岩隈久志投手らは選手生命の剣が峰に立つ。ヤクルトの青木宣親選手やソフトバンクの和田毅投手は帰国後も主力の座を占めている。そして、まだ現役を諦めない新庄に川崎たち。野球が好きで頂点を極めた男たちだからこそ、いくつものドラマがある。

 こんな時代、こんな時だからこそ、彼らの生き様に注目していきたい。


文=荒川和夫(あらかわ・かずお)