◆ バント処理で“よそ見”…即二軍落ち

 2016年にアレックス・ラミレス監督が就任して以降、4年間で3度のAクラス入りを果たしているしているDeNA。筒香嘉智(現レイズ)、ホセ・ロペス、ネフタリ・ソトとともに、打線の中軸を担ってきたのが宮崎敏郎だ。

 佐賀県出身の宮崎は、地元の厳木高、日本文理大、セガサミーを経て、2012年のドラフト6巡目でDeNAに入団。24歳で迎えたルーキーイヤーは、33試合の出場で打率.250、2本塁打、5打点の成績だった。

 2年目の2014年は飛躍が期待されたが、4月26日の阪神戦(横浜)で大失態を犯してしまう。1−5と4点ビハインドで迎えた9回表、二塁の守備についていた宮崎は、無死一塁の場面で、当時阪神に所属していた大和の送りバントに合わせ一塁ベースカバーに入った。投手前へのバントを処理した山口俊は、二塁を諦め一塁送球を選択。しかし、二塁へ送球したと勘違いした宮崎はボールの行方から一瞬、目を離してしまい、山口の一塁送球に気付いたときにはすでに、ボールは体の左側を通過していた。

 送球が一塁ファウルゾーンを転々とする感に、阪神の一塁走者・上本は悠々生還。DeNAは凡ミスで失点を重ね、この試合を1−7で落とした。宮崎のプレーに対し当時の中畑清監督は、「見たことないボーンヘッド。ショックでした」とコメント。宮崎は即、二軍落ちとなり、2014年はわずか5試合の出場にとどまった。

◆ 2017年に首位打者、昨季は左手手術から驚異の復活劇

 結果がほしい2015年は、7月以降にスタメンでの出場機会が増加。58試合の出場で打率.289、1本塁打、10打点の成績を残し飛躍のきっかけをつかんだ。

 2016年はラミレス新監督が就任。さらに、前年まで正三塁手を務めていたアーロム・バルディリスの退団もあり、三塁での出番が増加した。一塁、二塁も兼務する中、初めてシーズン通じて100試合以上(101試合)に出場。規定打席未到達ながらも、打率.291、11本塁打、36打点、OPS(出塁率+長打率).815の好成績を残し、チーム初のCS進出に大きく貢献した。

 2017年は不動の正三塁手となり、5年目にして初の規定打席到達。128試合に出場し打率.323、15本塁打、62打点、OPS.856を記録し、初の個人タイトルとなる首位打者とベストナインに輝いた。チームもシーズン3位からCSを勝ち抜き、19年ぶりとなる日本シリーズ進出。ソフトバンクに2勝4敗で敗れ日本一は逃したが、宮崎自身は打率.400、2本塁打をマークし敢闘選手賞を受賞した。

 2018年はシーズン自己最多の142試合に出場し、打率.318、28本塁打、71打点、OPS.894をマーク。本塁打、打点、OPSはシーズン自己最高で、三塁で2年連続ベストナイン、初のゴールデングラブ賞にも選ばれた。

 2019年は開幕直後の不調、8月には左有鉤(ゆうこう)骨の骨折が判明し手術を受けた。そのままシーズン終了かと思われたが、驚異的な回復力を見せ優勝争いが熾烈だった9月に戦列復帰。チームは優勝を逃し2位に終わったものの、自身は114試合に出場し3年連続となる規定打席をクリア。打撃成績も打率.284、15本塁打、49打点、OPS.777までも戻し、CSでも大活躍した。

 7年目を終えすでに通算2155打席を消化しているが、通算打率は.303を誇る。2年目のボーンヘッドで躓いてしまったものの、非凡な打撃センスを武器に這い上がってきた宮崎敏郎。2016年以降は不動のレギュラーとしてラミレス体制を支え、2018年のオフには1億円プレイヤーの仲間入りを果たした。

 筒香がメジャーへ旅立った今季は、中心打者として再び安定した活躍が求められる。その天才的な打撃を、早くグラウンドで見たい。