◆ 白球つれづれ2020〜第19回・野球エリートのリスタート

 “王子”は意外な場所で活躍していた。

 日本より一足早く5月5日に開幕を迎えた韓国のプロ野球。今季からソウルに本拠地を置く斗山ベアーズに所属する安田権守(こんす)選手のプレーぶりが注目を集めている。

 5日の開幕戦(対LGツインズ)は代走出場にとどまり、待望の初安打は5日後に記録された。対KTウィズ戦に途中出場すると5回に送りバントを決めると、これが内野安打に。その後も四球を挟んで第3打席では右前打を放ってマルチ安打の働きだ。


 高校野球検定にでも出てきそうな設問をひとつ。甲子園で全国優勝を果たした早実高の斎藤佑樹投手は「ハンカチ王子」と呼ばれたが、同じ早実出身で「腕立て王子」のニックネームがつけられたのは誰だったか? その答えが安田選手だ。

 斎藤は猛暑の甲子園でハンカチを取り出して汗をぬぐう仕草が女性ファンのハートをつかんだが、それから4年後に再び甲子園出場を果たした早実の「3番・中堅手」が安田だ。

 こちらはネクストバッターズサークルで腕立て伏せを始めたことから“王子二世”を拝命することとなった。3年時は主将、卒業後に進学した早大でも1年春から早慶戦出場を果たしているのだから実力も将来性もかなりのものだった。

 大きな挫折を味わうのは早大1年の時。少年時代から野球エリートの道を歩んだ安田の心の中には「驕りがあった」という。同級生には後にプロで活躍する茂木栄五郎選手(楽天)や高校時代からチームメートだった重信慎之介選手(巨人)ら。1年上には有原航平選手(日本ハム)、中村奨吾選手(ロッテ)らも在籍した才能集団。大学レベルの野球についていけず、上下関係にも嫌気がさしてわずか半年で退部を決断した。


◆ 流転の野球人生

 それから流転の人生が始まる。クラブチームの「TOKYO METS」を振り出しにBCリーグの群馬、武蔵を渡り歩き、2016年からは滋賀にある社会人野球の「カナフレックス」に所属。日本球界のプロ入りを目指して、どのチームでもそれなりの好成績を残したようだが、プロのスカウトの目に止まることはなかった。


 現在27歳。もう、年齢的に日本球界入りは厳しくなった。そんなときに韓国野球への挑戦が安田の心を押す。

 「一昨年あたりから、社会人でも好成績を残せるようになって、さらに高いレベルで野球がやりたくなった。過去の後悔を今に生かしたい」

 昨年8月に韓国に渡るとトライアウトを受けて、同月の2次ドラフトでは全体の99番目で斗山入りが決まった。年俸は4000万ウォンというから日本円にして400万円弱と言ったところか。


 チームは昨年の韓国シリーズチャンピオンの強豪、有力な外国人選手もいて、レギュラー取りは簡単ではないが、在日三世の安田の場合は外国人枠から外れているため、生き残るチャンスはある。チームを預かるキム・テヒョン監督も今後の活躍に期待を寄せるなど、評価は高いという。

 近年、韓国経由で日本球界入りする外国人選手は多いが、日本人選手が韓国に渡ってプレーするケースは絶えて久しい。過去には高津臣吾現ヤクルト監督が2008年に、元中日、巨人等で活躍した門倉健投手が2009年から11年まで在籍しているが、それ以降はいない。それだけに安田の挑戦は新たな日韓野球の扉を開くかもしれない。


 コロナ禍の中で開幕を迎えた韓国。日本よりも終息気配はあるものの、またいつ感染が広がるかはわからない。韓国野球委員会(KBO)では各球団に対して感染防止のため、44ページに及ぶ対策マニュアルを配布して最新の注意を促す。無観客の中でチアガールの声が響き渡り、ベンチではマスク姿の選手たちと異様な光景が続くが、それもまた現実と受け止めるしかない。

 日韓関係が冷え切っている。せめて野球だけでも両国の熱い戦いが見たいものだが、それすら叶わない。そんな状況にあって“元王子”の新たな挑戦は始まったばかりだ。今度は「日韓野球大使」としての活躍を願わずにいられない。


文=荒川和夫(あらかわ・かずお)