◆ 第2回:ヤクルト・宮台康平

 神宮に、あの宮台康平投手が帰ってきた。

 昨シーズン限りで、日本ハムから戦力外通告。育成枠で再出発の道も用意されたが、あくまで支配下登録にこだわった。昨年12月に行われたNPBのトライアウトに挑戦すると、剣が峰の舞台で輝きを取り戻す三者三振の圧巻ピッチング。ヤクルトからのオファーが舞い込んだ。

 今から5年前。東大の3年生だった宮台は神宮で輝いていた。MAX150キロのストレートを武器に早大戦で毎回の13奪三振という快投を演じている。その年の大学日本代表にも、東大生として33年ぶりに選ばれた。最上級となった翌年には立大から勝ち点を奪う活躍で、秋には日本ハムから7位指名。東大出という話題性ではなく、実力で勝ち取ったプロ入りだった。

 期待通り、ルーキーイヤーの2018年8月には一軍デビューを果たす。強打のソフトバンクを相手に5回途中まで被安打4、四死球6ながら次に期待を残す内容だった。しかし、この試合で股関節を痛めて即登録抹消。それ以来、一軍のマウンドを踏むことはなかった。


◆ 先輩たちの苦闘と

 過去に東大出身のプロ野球選手は宮台を含めて6人いた。

 第1号は1965年に大洋(現DeNA)に入団した新治伸治氏。4年間の在籍中に9勝(6敗)をマーク、これは今でも東大出身プロ野球選手の最多勝利数である。

 第2号は中日の井手峻氏。現役引退後は同球団の代表などを歴任、現在は母校・東大の監督を務めている。さらに小林至(ロッテ)、遠藤良平(日本ハム)、松家卓弘(横浜)各氏から宮台へとつながる。いずれも投手出身だが、一軍で勝利投手となったのは67年の井手氏が最後。もし、宮台が白星を上げれば54年ぶりの快挙となる。学力では“東大王”としてもてはやされても、野球界で勝者になることはそれほど難しい。

 大学時代は東京六大学の最下位が定位置。日本ハムでの“プロ第1章”も敗者で終わった。だが、宮台は東大受験も野球でも「不可能を可能にする」「下から這い上がる」をモットーに励んできた。ヤクルトに移っても信念は変わらない。

 チャンスは日本ハム時代以上にある。チームは2年連続最下位に沈み、特に投手陣の弱体化は防御率4.61と歯止めがかからない。今オフ、山田哲人、小川泰弘、石山泰稚といった主力選手のFA流失こそ食い止めたが、それは現有戦力の維持であってチーム力の底上げとはいかない。もっと厳しく言うなら、投手陣のレベルアップが図れないようだと、最下位脱出すら見えてこないのが現状だ。


◆ チャンスを掴み取れるか!?

 昨季の成績を見ても小川の10勝に次ぐ勝ち星を挙げたのは中継ぎ役の梅野雄吾投手の5勝。次いでS・マクガフ、A・スアレス両外国人投手の4勝ではいかにも心もとない。高津臣吾監督は快速左腕の高橋奎二、将来のエース候補である奥川恭伸投手らの成長に期待するが、質量ともに不足気味、宮台の食い込む場所はある。

 加えて、ヤクルトには野村克也監督時代から「再生工場」の歴史がある。他球団では芽が出なかった選手や伸び悩む選手を拾ってきては戦力に仕立て上げるのはお手の物。昨年だけでも阪神を戦力外となり、四国アイランドリーグ・香川でプレーしていた歳内宏明投手とシーズン途中に契約すると5年ぶりにNPBでの勝利をマーク。ソフトバンクで出番のなかった長谷川宙輝投手も貴重な中継ぎ左腕として活躍している。

 先発・中継ぎ共に手薄な状況にあって、トライアウトで見せた生きのいい投球が戻ってくれば、奇跡の復活も期待できる。

 すでに今春8日から埼玉・戸田の練習場で始動した。これまで3年間の苦い体験をバネにして「直球だけじゃ通用しないと分かった。変化球で試合を組み立てられる投手になりたい」とモデルチェンジに活路を求める。

 崖っ淵に立つ東大出左腕とあれば話題性は十分、マスコミも取り上げるだろう。しかし、目立った働きがなければ忘れ去られるのも速い。

 背番号68、年俸600万円から宮台の最後の挑戦が始まる。


文=荒川和夫(あらかわ・かずお)