【パンチ佐藤が直撃】ファンや社会に還元を誓う藤田太陽 (後編)

【パンチ佐藤が直撃】ファンや社会に還元を誓う藤田太陽 (後編)

『ベースボールマガジン』で連載しているプロ野球選手の第2の人生応援プロジェクト「パンチ佐藤の漢の背中」。現役を引退してから別の仕事で頑張っている元プロ野球選手の下をパンチさんが訪ね、お話をうかがってまいります! 今回はCIFA株式会社でオーガニック食品の輸入販売の事業に携わっている、元阪神ほかの藤田太陽さんです。

飲食店開業を模索する中、縁あって今の会社へ



現在はCIFA株式会社でオーガニック食品の輸入販売の事業に携わっている藤田太陽さん(左)

 2013年オフ、ヤクルトから戦力外通告。他球団からの誘いもあったが、藤田さんの中には「とにかく野球を続けたい」と思う自分と、「(痛めていた右ヒジの)手術をしても150キロはもう投げられない。それは自分の求めていたプロ野球選手像じゃないから、やめたほうがいい」と思う2人の自分がいた。

 悩みに悩み、「どうせ社会に出るんだったら、早めに出て勉強したほうがいい」と引退を決意したという。

◇ ◇ ◇

パンチ 引退を決め、まずはどういう道を考えたんですか。

藤田 自分で店を出そうと思いました。僕はファンの方にすごく支えられたので、自分がファンの方々をもてなす店を作りたかったんです。

パンチ どんなお店を考えていた?

藤田 スポーツバー的な。そこで自分の現役時代のユニフォームを着て、接客しようと思ったんです。だけど仕入れの仕方もコスト計算も、正直何も分からない。それはあまりにも冒険すぎるので、一度修業をしようと思い、西麻布の焼き肉屋さんで1年間働かせてもらいました。

パンチ そういうところがしっかりしているよね。なかなかできないヤツもいるでしょう。デーブ(大久保博元=元西武ほか)みたいに(楽天の)監督までやりながら、急に居酒屋のオヤジになって「いらっしゃいませ」とかやれるのなんか、めったにいないよ。B型ならではというか、ブルドーザーだよね、あれは。

藤田 常に熱い感じですよね。デーブさん、僕が阪神から西武に移るときの編成担当だったんです。クビになったとき、すぐ「俺の野球塾(デーブベースボールアカデミー)に来い」「絶対野球から離れちゃダメだ」と引っ張ってくださって。ホントにかわいがっていただいて、自分の兄貴のような存在です。

パンチ デーブの存在も大きかったんだね。今の会社(CIFA株式会社)には、どういう経緯で入ることになったの?

藤田 いざ店を出す準備を始めようかというとき、友人の紹介でこの会社の代表と知り合ったんです。そこで「新しい事業を始めるから、一緒にやらないか?」と誘われまして。それが3年前ですね。

パンチ 僕の好きな言葉に、「本気でやればなんでもできる。本気でやれば何でも楽しい。本気でやれば誰かが助けてくれる」っていうのがあってさ。これはある居酒屋のトイレで見たもんで、誰の言葉か分からないんだけど、確かにそうだなと。藤田君も本気で頑張っていたから、神様がいい人と引き合わせてくれたんだね。

藤田 はい。1年間修行して、不安要素を一つひとつ潰していっても、潰しきれない場所がやはりありました。水商売に対して否定的になったわけではないんですが、「今じゃないな」と思ったんです。僕がプロをやめた理由の一つに、子どもたちに“本物のボール”を見せて、感動や驚きを与えたいということがありまして。だから僕、少年野球に行っても軽く投げないんです。全力投球すると、今でも140キロくらい出ますから。子どもからしたら、見たこともない速さですよね。「あれを来年は打てるように頑張ろう」と思ってほしいんです。そのボールを投げるためにも、昼間の仕事をしようと思いました。

パンチ 具体的には今、どんな仕事をしているんですか。

藤田 ウチの事業の一つに、完全オーガニックのドライフルーツやココナッツオイルの輸入販売があります。スリランカの工場で原材料から製造過程まですべてウチが管理して、日本、ヨーロッパ、アメリカでオーガニック認定を受けています。これを体に気を使っている場所、人に提供する仕事。デパートの催事場や大きなイベントで紹介、販売するときなども現場に行って、「いらっしゃいませ」と声を出しています。あとはスポーツ普及活動の一環として、野球教室はもちろん、講演やトークショーもしています。

パンチ 少年野球は場所とか世代とか、どのへんを対象にしているの?

藤田 全国ですよ。小中学生中心から、今は高校生も教え出しました。昨年からは富山のロキテクノベースボールクラブという社会人チームでも投手兼任コーチをしています。

パンチ 子どもたちって、教えてまた次に行くとき、「アイツ、グッとうまくなってるぞ」とか「コイツは前回まったく俺の話を聞いていなかったな」とか分かるのが面白いところだと思うんだ。社会人のほうはどう?

藤田 去年まで予選も勝てないチームだったんですが、今年クラブ選手権で富山・福井・石川の予選を勝って、第一代表として二次予選の北信越大会に進むことになりました。そこで優勝を目指すつもりです。

パンチ そのチームには何を教えて、一皮むけたのかな。

藤田 それまでは独立リーグをやめてきた子から高校のときレギュラーじゃなかった子まで、「硬式野球をもう少し楽しみたいな」という子の集まりだったんです。要は中途半端な感じで、負けても何とも思っていなかった。でも社長に「何とかして勝ちたい」と言われて引き受けたものですから、「勝ちたくないヤツはやめていい」とはっきり言いました。実際、やめた選手もいます。その中で練習の内容も気持ちの持っていき方も、一から十まで口うるさいくらいミーティングしていったら、ここ2年で成績が出始めました。

“プロのパフォーマンス”が出せなくなったら“引退”



同僚の近藤響太さん(右奥)とともに取引先を訪れ、商品を手に商談を進める様子(撮影協力:株式会社FiNC)

パンチ これからは、どんなことを仕掛けていきたい?

藤田 スポーツって、お金を取ると悪、みたいなところがあるじゃないですか。僕はそこでお金をいただいてもプラスもっと還元できるものがあると考えているんです。例えばアスリートフードマイスターの資格でも、選手の奥さんが取って満足、というのではなく、小学校から食育としてきちんと教育に生かしていくとか。教育の現場にまで広げていきたいので、そのためにはまず自分が、と思って耕している状況です。

パンチ すごいこと考えてるね。俺の夢なんかさ、宝クジでも当てて、生まれ育った町・川崎にもんじゃ焼き屋を作りたいな、と。昼間は子ども、夜は近所の少年野球のコーチが集まってきて野球談議。で、休日、多摩川を散歩してると、「もんじゃ焼きの爺さんだ!」「昔プロ野球選手だったんでしょ? 打ってみてよ」……。

一同 (笑)

パンチ 「いやあ、もう打てないよ〜」「なんだ、ウソなんだ」「どれ、貸してごらん」ってスパーンッと打ってさ。「すげーっ!!」って子どもたち大喝采。その3カ月後、「あれ、もんじゃ焼き屋、閉まってるぞ?」って聞いてみたら、あの世に旅立っていた。そのとき皆に「あの爺さん、すごかったなあ」って言われるのが夢なんだけど……ちっちぇえな!(笑)

藤田 いえいえ(笑)。でも僕も最終的には飲食をやりたいんです。アマチュアの子にパフォーマンスを見せられなくなったら、野球の指導はスパッとやめようと思っていますから。そのときが、次の事業に行くときだと決めています。

パンチ それはまた完璧主義だね。小学生くらいだったらいいんじゃないの。

藤田 コーチを説得できないから嫌なんですよ。こうやったらこうなるよっていうのを見せてあげられなくなりますから。そういう頑固さが、いろいろ邪魔している部分もあると思います。そうなったときの最終的な事業の目標は、どこでもいいからビル1棟買って、1階に部活帰りの子たちがワンコインでお腹いっぱいになれるような店を作って、2階が整骨院とサプリメントショップ、その上は元スポーツ選手たちが経営する飲食店が入る、という。野球以外もいろんな競技のOBがいて、各競技を好きなお客さんだけが行く。そこまでやってきた選手たちのキャリアを、うまくファンの人にも還元できる場をもっと作りたいんです。

パンチ すごいね。そういうのって、口で言ってるとさ、「おお、俺ものるぜ」って人が必ず出てくるんだよね。だから、決して夢じゃないと思うよ。

藤田 今はまだ走り続けているんだけなんで、どうなるかは分からないですけど……。でも一番は、そういうビジネスをして、みんなにお金が回るようなシステムを作って、それを今度は海外に持っていきたいんです。

パンチ 海外にまで手を広げて大丈夫? 芸能人なんかでも、それでつまずいた人もいるよ。

藤田 そのお金を元に、貧困に苦しむ国に学校を作りたいんです。

パンチ そういうことか。僕のお世話になっている社長さんも、カンボジアにそういう学校を作りたいって言っているなあ。

藤田 そのとき自分が70歳になっているか80歳になっているか分かりませんが、最終的なところはそこですね。そこから日本へ、野球選手を送り込みたいです。

パンチ その夢に向かって、今は体に気を付けてフットワークよく動いて。野球もそうだけど、まずは子どもたちが素敵な大人になるような指導もしていってあげてくださいよ。

パンチの取材後記


 ナイスガイ! 素敵なヤツだ。噂は聞いていたけれど、一目会った瞬間にさわやかなヤツだとすぐ分かった。人間、第一印象って大切だな〜。

 そして、裏表なく真っすぐ生きていると、素敵な仲間たちが寄ってくる。その逆もある。真面目に生きていないと、悪い仲間たちが寄ってくる。藤田君は今、ノリノリだ!! そんないい“気”が身体からあふれて、キラキラしていた。

 思わぬところで、野球教室の仕事も一緒にやるようになるかも。そうなったら、うれしい。ハツラツと生きていると、ハツラツしたヤツと出逢えるんだ。いや〜、素晴らしい出逢いに★Dynamite★

●藤田太陽(ふじた・たいよう)
1979年11月1日生まれ。秋田県出身。新屋高から川崎製鉄千葉を経て、ドラフト逆指名1位で2001年阪神に入団。2年目の02年にプロ初勝利を含む2勝(5敗、防御率3.61)を挙げるが、故障もあってかそれが阪神時代のキャリアハイ。09年途中に西武へ移籍すると中継ぎとして活躍し、10年には48試合で6勝3敗19ホールド。13年ヤクルトに移籍し、同年限りで引退。通算成績は156試合13勝14敗4セーブ、防御率4.07。現在はCIFA株式会社でオーガニック食品の輸入販売事業に携わりながら、講演活動や富山のロキテクノベースボールクラブの投手兼任コーチなど多方面で活躍中。

●パンチ佐藤(ぱんち・さとう)
本名・佐藤和弘。1964年12月3日生まれ。神奈川県出身。武相高、亜大、熊谷組を経てドラフト1位で90年オリックスに入団。94年に登録名をニックネームとして定着していた「パンチ」に変更し、その年限りで現役引退。現在はタレントとして幅広い分野で活躍中。山形県南陽市のラーメン大使。

写真=BBM

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