頼もしき男たちの帰還。/FOR REAL - in progress -

頼もしき男たちの帰還。/FOR REAL - in progress -

優勝を目指して戦う横浜DeNAベイスターズ。その裏側では何が起こっているのか。“in progress”=“現在進行形”の名の通り、チームの真実の姿をリアルタイムで描く、もう一つの「FOR REAL」。


 7月30日、スワローズとのナイターゲームは、もう終わりに差し掛かっていた。

 勝利まで、あと1アウト。S.パットンのスライダーに中村悠平がバットを出す。打球はファウルチップとなり、キャッチャーミットに当たった。

 その直後、伊藤光は左手をミットから抜いた。薬指に痛みが走ったからだ。

 高速で飛び交う硬球が捕手の体を襲うことは珍しくない。多少の痛みは日常茶飯事――。伊藤はまたミットを構え、152kmのストレートを捕球した。その次のボールを中村が打ち、セカンドフライで試合は終わった。

 事の重大さに気づくのは、翌朝になってからだ。腫れと痛みが尋常ではなかった。

「我慢してでもやるっていうのは当たり前なんですけど、それ以上のものを感じたので」

 この時期、一軍にいた捕手は伊藤光と嶺井博希だけだった。すぐにトレーナーに連絡を入れ、病院に向かう。診断は――剥離骨折。左手薬指の骨に2カ所、剥離が見つかった。伊藤光が振り返る。

「何もないほうがいいとは思いながらも、(剥離骨折と聞いて)まあそうだろうな、と。これを我慢してやることが自分にとっていいのか、チームにとっていいのか、という考えは浮かびました。でも、左手だったので。捕球はかなりの衝撃があるし、自分でも『厳しいな』と感じてしまった。右手だったらよかったのになって……」

 8月7日、マツダスタジアムでのカープ戦。宮崎敏郎の第4打席は6回にやってきた。島内颯太郎の3球目、150kmのストレートにフルスイングで立ち向かう。

 打球がファウルゾーンに飛んだ直後、宮崎は苦悶の表情を浮かべていた。

 歯を食いしばりながら打席に戻ったが、球を見送ることさえつらそうだった。トレーナーに続いて歩み寄ってきた青山道雄ヘッドコーチは「代わろう」と促した。だが宮崎は「この打席だけは行かせてください」と直訴した。再び打席に戻ると、151kmのストレートに果敢にバットを出した。グリップにかけた左手は、ファウルの衝撃をもろに受けた。

 宮崎は言う。
「激痛でした……。正直、最初のファウルで『これはダメだな』って思ったんですけど、右手一本でなんとかしようって気持ちのほうが強くて。まだ(打てる)可能性はゼロじゃないので。(2度目のファウルの後)振り向いたら、もう監督が来ていた。そこでこう、集中力がすぱんと……解放された感じになりました」

 この男のスイングにかける情熱は並大抵のものではない。激痛を感じながら指揮官が止めに入るまで打席に立ち続けようとし、医師から「有鉤骨骨折」の診断を言い渡されてなお、こう考えたという。

「打てる、と思いました。打ちたい、まだやれるんじゃないかって。トレーナーさんにも『大丈夫っすよね。行けますよ』という話をしました。もちろん、『ダメだ』って速攻で止められましたけど(笑)」

 2人の主力選手の相次ぐケガは、左手の骨に起きた。当初、伊藤光の全治は不明とされ、宮崎に関しては「今シーズン中の復帰は絶望」と報じられた。

「気持ちは切れていなかった」


 伊藤光は、ファームでの日々をどう過ごしたのか。

 当然、ケガの早期回復を最優先事項としつつ、時間的な余裕はトレーニングに充てた。そして、一軍の動向には常に注意を払い続けた。リハビリを終えて帰宅し、ナイターの試合をじっくり見られる日も少なくなかった。

 一軍のチームと、物理的には一定の距離を置いて離れていたが、心の距離が遠ざかることはなかった。


 伊藤光は言う。
「第三者的にベイスターズを見てる自分がいる。自分がプレーできなくても、ベイスターズは動いてる。そういう状況がすごく変な感じではありました。でも、遠いとは思わなかったです。気持ちは切れていなかったし、プレーしている時と同じような気持ちで試合を見ていた。シーズン中に戻れるとしたら、すごく大事な時期になっているということもわかっていたので」

 はやる気持ちとは裏腹に、復帰までの歩みは慎重にならざるを得なかった。キャッチャーとは文字どおり、捕る人だ。打つ、投げるの動作はクリアできても、肝心の捕球が高いハードルとなった。

「ファウルチップで骨折したので、捕ることに関しては慎重に、段階を踏んでいきました。もっと早く戻りたいって気持ちはあって、ある程度は我慢できるところまでいけば復帰したいと思いながら取り組んでいましたけど、結局、診断されたとおりの時間がかかった感じです。自分としては遅かったなと思いますし、長く感じました」

 この時期の伊藤光の姿を、ファームでの調整に入った宮崎は目にしている。顔を合わせては「復帰はいつになりそうか」と互いに尋ね合うことがしばしばあった。伊藤光は「早く野球がやりたいです」とこぼしていたという。

 宮崎が明かす。
「やっぱり、光も大事なポジションを守ってますからね。球場に来るのは、彼がいちばん早いんですよ。ぼくがファームの球場に着くと、光はもうウェイトルームにいて、自分がやるべきことを毎日やってて。だから、そんな深い会話をしなくても、その姿を見れば伝わってきますよね。誰が見てもわかる」

 一日も早い戦線復帰への強い思いが、その背中から立ちのぼっていた。

左手を使えなくなった宮崎の「発見」。


 8月9日、宮崎は、折れた有鉤骨を摘出する手術を受けた。左手の手のひら、親指の付け根から手首のあたりへほぼ直角に切開し、持ち上げた肉のすき間から骨片を取り除いた。

 ベイスターズが首位ジャイアンツに0.5ゲーム差まで肉迫したのは、8月4日のことだ。シーズン終盤の優勝争い。いよいよやってきた「野球人としていちばん大事で楽しい時期」にチームを離れる無念さは言うまでもなく大きかったが、宮崎に「焦りは一切なかった」。

 まず、一軍に再合流する日にちを決めた。同じケガを経験した選手がわざわざ電話をくれ、復帰までに要した日数を教えてくれた。医師が宮崎に示した期間と、その彼の経験談は一致した。それらの情報をもとにして、宮崎はカレンダーの「9月15日」に印をつけた。

「ケガをした直後に<自分がやれること>をメモに書き出したんです。9月15日に試合に出ると書いて、そこに向けて逆算して、自分がやれることは何かを。それを毎日クリアしよう、と」

 ランニングから始まって、右手一本でバットを振る練習へとプロセスは進んだ。左手が自由に使えない期間を過ごしながら、宮崎はいくつかの気づきを得る。

 ケガをする前と、ケガをした後で、バットを握る感覚に変化はあるのか。そう尋ねられると、ちょっとズレた回答をした。

「いや、あんまり気にしてないですね。『ぼく、右手で打ってたんだな』って思いました」


 一般的に、右打者にとって“引き手”に当たる左手は、バットを強く振り出すうえで重要な役割を担うとされる。

 骨折とその後の手術で宮崎の左手の状態は万全でないはずだったが、右手一本の構えやバットの持ち方に工夫を加えることで、難なくカバーできてしまった。左手の強弱あるいは自在さが、自分のスイングをそこまで左右しないと知った瞬間だった。

「進化っていうよりは、発見。発見することが多かった」

「骨を取っただけなんで」


 8月23日、ファームでともに汗を流してきた梶谷隆幸が一軍に呼ばれた。即スタメンで出場した東京ドームでのジャイアンツ戦を、宮崎は祈るような思いで見た。

「あの試合、カジは絶対スタメンで出るだろうなと思っていました。『頼むから打ってくれ』と」

 梶谷がどれだけの覚悟をもって一軍に行き、試合に臨んでいるのか、宮崎は知っていた。ようやく訪れたチャンスで、梶谷はいきなりホームランを打つ。その後の試合でもコンスタントに出場機会を得て、大きい当たり、鋭い当たりを放ち、決死の思いで一軍の一角に自分の居場所をつくっている。宮崎は言った。

「きっちりやってくれた。カジなら当然だろうなって。やってくれる男だなって思いました」

 逆算して用意したスケジュールを、宮崎は順調にこなす。9月10日のファームゲームで実戦に復帰すると、その2打席目にさっそくホームラン。一軍への合流へ、機運はいっきに高まった。

 9月12日、描いた青写真より3日早く、一軍復帰の道は開ける。

 わずか1カ月強での回復に、ファンの多くは驚き、同時に心配した。状態は本当に万全なのか。また無理をしているのではないか、と。

 宮崎は、事もなげに言う。
「無理だったらやらないです。それに、無理してたら言うと思うんですよね。長引いたりするのはイヤだし、『また痛くなりました』ってなったら、むしろマイナスになってしまうので。まあ……骨を取っただけなんで。傷口さえきれいになれば行けるだろうっていうのは、ずっと思ってました」

「戦いを苦しく感じるのはおかしい」


 ひと足早く一軍に合流したのは伊藤光だった。

 9月11日、首位ジャイアンツとの3連戦の2戦目のタイミング。チームは今永昇太を先発に立てて必勝を期したカード初戦を落とし、5連敗を喫していた。

 そんな状況下のチームに主戦捕手が帰ってくる。周囲の期待はおのずと高まったが、伊藤光自身は重圧とは無縁だった。

「大事な時期に上がってきたなとは思いました。でも、こういう位置で戦うことを想定してシーズンをずっと過ごしてきたわけで、いまさら、ここで『大事だ、大事だ』と緊張して自分のプレーができなくなったり、ここでの戦いを苦しく感じたりするのはおかしい。こういう状況で戦うことが当たり前にならなきゃいけないチーム。自分たちが日々取り組んでいることや、ベイスターズらしさを忘れちゃいけない。ぼくはそういう気持ちで戻ってきました」

 一軍でともに戦っている気持ちで過ごしてきたから、待ちわびた昇格、そしてスタメンの一日も、身を固くする緊張感に襲われなかった。

 6月8日の3勝目以来、3カ月以上も勝ち星から遠ざかっていた井納翔一をリードした。試合前はミーティングで情報を共有する以外は、特段、深い話をするわけではない。重要なのは、試合が始まってから。刻一刻と動く状況に合わせて最善の策を練り、言葉を紡ぎ、投手を導くのが伊藤光のやり方だ。

 井納は5回2失点と試合をつくった。N.ソトが3本塁打を放つなど、打線の援護も大きかった。伊藤光は最後までマスクをかぶり、43日ぶりの出場を勝利で飾った。

 横浜スタジアムのグラウンドに駆け出した一日を思い返し、うれしかった瞬間がある。

 試合前のウォーミングアップ中、場内のアナウンスでバッテリーが発表された。伊藤光の名が読みあげられると、スタンドから大きな歓声が聞こえてきた。

「普段と違う感じで迎えてくれた。『おかえりー!』という声をかけてくれたファンの方もいました。試合が始まって守備につく時、打席に入る時の歓声もいつも以上にすごくて、鳥肌が立ちました。ぼくが思っている以上にファンの皆さんは自分の復帰を待っていてくれたんだなって感じて、うれしかった」


どれだけ勝ちたいのか、気持ちの勝負。


 9月12日には、宮崎が復帰した。横浜スタジアムに到着すると、まず監督室のドアを叩いた。

 1カ月ほど前、荷物を取りにきた際、A.ラミレス監督と話をした。指揮官は努めて明るく、こう言った。

「ケガをしてしまったのは残念だし、さみしくなるけど、がんばってくれ。太り過ぎないようにな(笑)」

 最後の一言を覚えていたから、宮崎は言ったのだ。

「監督。ぼく、やせましたよ!」


 気持ちは晴れていたが、久々の一軍のゲームを前に、緊張感は免れなかった。ただ、伊藤光がそうだったように、ファンの歓声が支えになった。2回の第1打席で放った復帰後初ヒットを、こう言い表す。

「何を打ったかも覚えてないくらい。ファンの方に打たせてもらったのかな」

 この試合に敗れはしたが、宮崎は続くスワローズ戦で2安打、ドラゴンズ戦では同点のソロ本塁打を放ち、復帰後3戦連続でマルチヒットを記録している。ケガの影響をまるで感じさせない打撃で、逆転優勝に望みをつなぐチームの不可欠なピースとなった。

 残りは、今日のドラゴンズ戦も含めて8試合。上を追い、下に追われる2位のポジションで、一戦一戦にどう立ち向かっていくべきなのか。

 宮崎は言った。
「どっちにしても、負けられない。勝つために、自分がやれることをしっかりやる。犠牲になるところは犠牲にならないといけないし、自分が決めるっていう場面で自分が行かなきゃいけないこともあると思うし。しっかり場面場面に応じて考えながら、チームの勝利に貢献したい」

 伊藤光は復帰後4試合連続でスタメンマスクをかぶり、3つの勝ちを先発投手につけた。これからの戦いにおいて大切なことを、こう説く。

「もちろん、上を見てやっていくことは変わらない。追いかけられる立場でもありますけど、下からの圧は気にしないように。これからもベイスターズらしさを忘れず、『ミスしちゃいけない』とか『打たれちゃいけない』という気持ちが先に出ないようにすることが大事だとぼくは思う。あとは、気持ちですね。データや情報は、こっちも持っているし、相手にも揃っている。『気持ちでどうにかなるのかよ』って思われてしまうかもしれないけど、それでもやっぱり、どれだけ勝ちたいのか、その執念が上回っているほうが最後に勝つと思います」

 シーズン終幕までのカウントダウンは始まっている。

 143試合目が終わるその時まで、何が起こるかわからない。

 ポジティブに、アグレッシブに。ラスト1戦まで走り続けなければならない。

『FOR REAL - in progress -』バックナンバー
https://www.baystars.co.jp/column/forreal/

『70th ANNIVERSARY ALL TIME BEST NINE Supported by マルハニチロ』決定!
https://www.baystars.co.jp/70th/bestnine/

写真=横浜DeNAベイスターズ


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