盤石だった青写真に狂い



侍ジャパン・稲葉篤紀監督

 新型コロナウイルスの猛威は一向に収まる気配を見せず、7月24日開幕予定だった東京五輪・パラリンピックの1年延期の方針となった。ヨーロッパで死者が急増するなど事態の深刻さを受け、スポーツ界は各イベントを次々に自粛。各国アスリートや競技団体からも「延期、もしくは中止すべき」という声が噴出し、強行開催ならボイコットも辞さないという国も出始めた。一貫として通常開催の方針を曲げなかった国際オリンピック委員会(IOC)だったが、3月24日に安倍晋三首相がIOCのトーマス・バッハ会長に延期を提案。56年ぶりの母国開催を襲った想定外のコロナ渦は、3大会ぶりに五輪復帰を果たした野球に出場する侍ジャパンにも少なからぬ影響を及ぼしている。

 昨秋の国際大会プレミア12を初制覇し、2009年のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)以来の世界一に返り咲いた侍ジャパンは、五輪の金メダル奪取に向けて全力を注いでいた。稲葉篤紀監督は2月、沖縄と宮崎で春季キャンプを行っていたプロ野球12球団を精力的に視察。だが、思いも寄らないアクシデントが、盤石だったはずの青写真に狂いを生じさせている。

 稲葉監督は当初、3月22日からアメリカ・アリゾナ州での開催がアナウンスされていた米大陸予選(アメリカ、キューバ、ドミニカ共和国、プエルトリコ、ベネズエラ、カナダ、ニカラグア、コロンビアの8カ国が出場)を視察予定だった。しかし、新型ウイルスの感染拡大で中止が決定。映像や数字だけでは分からない、絶好のデータ収集機会を奪われる形となった。ある関係者は「五輪が予定どおりに開催されても、ぶっつけ本番になる。五輪自体が延期になれば、一からやり直さないといけない。どちらに転んでも苦労することになる」と、もどかしさを露わにしていた。

 プレミア12の選手が28人だったのに対し、五輪は24人。稲葉監督は「プレミア12のメンバーが土台になる」と話し、メンバーを絞り込みつつあった。野手では坂本勇人(巨人)、山田哲人(ヤクルト)、鈴木誠也(広島)らが五輪でも国際大会の経験を生かし、投手では山本由伸(オリックス)や高橋礼(ソフトバンク)ら若手、リリーフエースには山崎康晃(DeNA)と世界一メンバーが名を連ねるはずだった。

 プレミア12にはコンディションの問題で出場を見送った選手も参加が期待され、五輪メンバーはより豪華になりそうだった。菅野智之(巨人)、千賀滉大(ソフトバンク)とセ・パ両リーグのエースに加え、打者では18年の日米野球で侍ジャパンの主軸を担った柳田悠岐(ソフトバンク)の復帰にも注目が注がれていた。

「次」のないベテランにとって……


 しかし、延期となればタイムスケジュールが大幅に変わり、現時点で想定していた「最高の布陣」(稲葉監督)で臨むはずだった侍ジャパンの編成もがらりと変わってくる。

 今年の五輪までとされる稲葉監督の契約問題は柔軟に対応できるとしても、自国での夢の舞台を自らのキャリアの重要なポイントとして捉えている選手にとっては一大事だ。特に「次」のないベテランにとっては、延期は五輪出場の断念を意味する。メジャー挑戦を念頭にしている選手にとっては、五輪は日本での総決算。東京での通常開催が取りやめとなれば、20年をターゲットに逆算してプロジェクトを進め、膨大なエネルギーを注ぎ込んだ侍ジャパンの努力は水泡に帰す。選手の選考をはじめ、一からのチーム作りをせざるを得なくなる。

 12年ぶりの正式競技となった野球は、次回の24年パリ大会での再除外が決まっている。さらに4年後の28年ロサンゼルス大会以降も不透明。そんな境遇を持つだけに、日本から野球の素晴らしさを発信し、未来につなぐという使命も課されている。「未知の感染症が相手で、非常事態だという現実は重々承知している。でも、球界の今後のことを考えると予定どおりにできないのはつらい」。侍スタッフの声には、野球の世界的な振興を妨げたくないという悲痛な思いが込められている。

写真=BBM