トレードは両球団の補強ポイント、選手の球団内での置かれた立場などさまざまな要素が背景となって敢行されてきた。中にはファンが衝撃を受け、理解できなかったトレードも少なくない。今回はプロ野球界を震撼させたトレードを振り返ってみよう。


南海入団会見での江夏(右は野村克也兼任監督)

1975年 江夏豊、望月充(阪神)― 江本孟紀、長谷川勉、池内豊、島野育夫(南海)

 阪神のエース・江夏と南海のエース・江本を交換した大型トレード。江夏は当時阪神の吉田義男監督との確執が報じられ、トレードが噂されていた。江夏は南海に移籍後、野村克也監督の説得でリリーフに転向して球団を代表する守護神に。江本も移籍初年度に15勝をマークするなど4年連続2ケタ勝利をマークしたが、81年8月に「ベンチがアホやから野球ができへん」発言が報じられて波紋を呼び、同年限りで現役引退した。


阪神入団会見での小林

1979年 小林繁(巨人)― 江川卓(阪神)

 すべての始まりは「空白の1日」だった。巨人への入団を希望した江川卓は、「ドラフトで交渉権を得た球団が指名選手と交渉できるのは、翌年のドラフトの前々日まで」という野球協約の盲点を突き、同年11月21日に巨人と電撃契約を結んだ。だが、セ・リーグ会長はこの契約を無効と裁定。これに反発した巨人が欠席したドラフトで、江川の交渉権を得たのが阪神だった。巨人は江川との契約の正当性を主張し、日本野球機構コミッショナー・金子悦に提訴。江川との契約が認められなければ新リーグを作る構想を公言した。

 泥沼化した事態に、金子コミッショナーは「江川には一度、阪神と入団契約を交わしてもらい、その後すぐに巨人にトレードさせる形での解決を望む」と異例の要望を発表。阪神は巨人のエースとして活躍していた小林繁と江川の交換トレードを承諾した。小林は79年に巨人戦の8勝を含む22勝をマークして最多勝、沢村賞を獲得。その生き様に多くの野球ファンが胸を打たれた。


中日入団会見での落合(左は星野監督)

1986年 落合博満(ロッテ)― 牛島和彦、上川誠二、平沼定晴、桑田茂(中日)

 落合は86年に3度目の三冠王に輝き、球界を代表するスタープレーヤーだったが、史上初の1億円プレーヤー誕生を巡り、ロッテの球団内で反発の声が上がっていた。落合が尊敬する稲尾和久監督が同年限りで解任された経緯もあり、トレード要員に。巨人がその実力を高く評価して移籍寸前まで話は進んだが、当時中日の星野仙一監督が「巨人に落合が行ったら困る」と急遽トレード案を画策。守護神として活躍していた牛島など若手の有望株4人を放出して獲得した。牛島はトレードの記者会見で東京に移動する際、名古屋駅の新幹線で見送りに来た星野監督の姿を見て人目もはばからず号泣。トレードされた選手たちは新天地で活躍した。


ダイエー入団会見での秋山(左は内山、右は渡辺)

1993年 秋山幸二、渡辺智男、内山智之(西武)― 佐々木誠・村田勝喜・橋本武広(ダイエー)

 西武黄金期の中心選手として活躍していた秋山は当時の西武・森祇晶監督と確執がささやかれ、FA制度を利用して近い将来の巨人移籍が報じられていた。一方、ダイエーは代表取締役専務を兼ねていた根本陸夫監督は就任初年度最下位に沈み、広い福岡ドームで機動力を兼ね備えた「常勝軍団の選手」の獲得を目指し、秋山に白羽の矢を立てた。森監督も攻守走3拍子そろった佐々木の実力を高く評価していたことからトレードが成立。同一リーグで同じポジションの主力のトレードはインパクトが大きかった。


巨人・小久保裕紀

2003年 小久保裕紀(ダイエー)― 無償(巨人)

 チームの主力を無償で放出する前代未聞のトレードは衝撃だった。小久保は2003年3月に福岡ドームで行われたオープン戦・西武戦でキャッチャーの椎木匠と交錯し、膝靭帯損傷の大ケガで同年のシーズンを棒に振った。復帰を目指し、温暖でリハビリ施設も充実しているアリゾナに渡り、手術は無事に成功した。しかし、球団から治療費が一切支払われなかったことや、当時の球団社長である高塚猛と意見が合わなかったことが報じられ、小久保が一時帰国した同年6月中旬に、球団に対して契約解除の希望を伝えていた。球団が決断した無償トレードに、ダイエーファンだけでなくチームメートも猛反発。ダイエーは同年に日本一を飾ったが、選手会は優勝旅行をボイコットした。


オリックス入団会見での糸井

2013年 糸井嘉男、八木智哉(日本ハム)― 木佐貫洋、大引啓次、赤田将吾(オリックス)

 2010年代のトレードで最も驚きの声が多かったのがこのトレードだ。日本ハムで中心選手だった糸井と、オリックスで選手会長の大引は両球団にとって不可欠な存在と見られていた。ただ日本ハムは前年のドラフトで「二刀流ルーキー」の大谷翔平がドラフト1位で入団。大谷の育成方針を考えた結果、外野は糸井、中田翔、陽岱鋼と3枠が埋まっていたため、高年俸でメジャーへの挑戦を熱望していた糸井の放出に踏み切ったという見方がある。その後、糸井は阪神、大引はヤクルトにそれぞれFA移籍。大引は昨季限りで13年間の現役生活に幕を下ろした。

写真=BBM