守備に就かない指名打者がパ・リーグに導入されたのは1975年。人気低迷にあえぐパ・リーグがMLBアメリカン・リーグでの成功を参考にして採用したが、当初は反対意見が多かった。45年の月日が経った現在は、野球全体のレベルが上がるということで、セ・リーグでの導入を望む声も。ただ、守備に就かずに打席に入るため、「試合に入れずリズムがつかめない」と話す選手も珍しくない。打撃が得意だから打てるとは限らない。奥が深い指名打者で輝いた選手たちを紹介していこう。


ダイエー・門田博光

・門田博光(南海、オリックス、ダイエー)
通算成績2571試合出場 打率.289、567本塁打、1678打点

 若手の時は俊足巧打の外野手で、守備範囲の広さにも定評があった。しかし、1979年の春季キャンプ中に右足のアキレス腱を断裂。翌80年以降は指名打者で起用されることが多くなり、足の負担がかからない本塁打狙いの打法で長距離砲として開花した。40歳になった88年に44本塁打、125打点で2冠王に。89、90年も30本塁打以上放ち、「不惑の大砲」と呼ばれた。本塁打王3回、打点2回。567本塁打、1678打点はいずれもNPB史上3位。


阪急・石嶺和彦

・石嶺和彦(阪急、オリックス、阪神)
通算成績1566試合出場 打率.273、269本塁打、875打点

 捕手として入団し、外野に転向したが左ヒザに故障を抱えていたことから、持ち味の打撃を生かして指名打者での出場が多くなる。89年から6年連続全試合出場し、90年には打点王を獲得。指名打者で起用された際には味方の守備時にセ・リーグの試合をテレビで見るなど異例のスタイルで、打席に向けて気持ちの切り替えを図っていた。守備もスローイングに定評があり、90年にリーグ最多の14補殺で外野のベストナインに選出されている。


西武・デストラーデ

・オレステス・デストラーデ(西武)
NPB通算成績517試合出場 打率.262、160本塁打、389打点

 西武黄金時代に活躍し、「カリブの怪人」の異名で親しまれた長距離砲。NPB初のスイッチヒッターで本塁打王を獲得した。本職の一塁は不動の四番・清原和博がいたため指名打者で出場していた。89年に途中入団すると、83試合出場で32本塁打をマーク。90年から3年連続本塁打王、2年連続打点王に輝いた。秋山幸二、清原と組んだ「AKD砲」は最強のクリーンアップとして現在でも語り継がれている。


オリックス・カブレラ

・アレックス・カブレラ(西武、オリックス、ソフトバンク)
NPB通算成績1239試合出場 打率・303、357本塁打、949打点

 豪快なフルスイングで2002年に当時の日本タイ記録となる55本塁打を放つなど、球史に残る長距離砲としてNPBで12年間プレーした。一発だけでなく、状況に応じて広角に打ち分けてミート能力も高く打率3割を5度マーク。一塁の守備範囲は狭かったがハンドリングに定評があり、守備でリズムを作るタイプだった。「平成最強の指名打者」に選出されることが多いが、守備にこだわり、指名打者での出場を拒否したこともあった。

写真=BBM