歴代通算打率のランキング(4000打数以上)を見ると、通算3割を超えているのは実は26人しかいない。卓越したバットコントロールを武器に活躍したレジェンドでも、3割に届かなかった例は多く、通算3割を超えるのはそう簡単ではないのだ。そうした3割を超えていない選手の中には意外な選手も多い。今回は「実は通算打率が3割を超えていない選手」を紹介する。

あの元祖安打製造機も3割に届かず



ロッテ・榎本喜八

 意外な選手としてまず挙げられるのが毎日や西鉄でプレーした榎本喜八だ。高卒1年目で新人王、史上最速で1000安打達成など、神のごときバットコントロールで安打製造機とまで評されたが、実働18年で3割到達は6回と意外と少ない。晩年は出場機会が激減して打率も低迷。そのため、通算打率は.298と3割にはわずかに届かなかった。

 往年のレジェンドでは阪急の福本豊も実は通算打率が3割を超えていない選手。首位打者のタイトルは獲得していないが、通算2543安打、リーグ最多安打4度と盗塁だけでなく打撃力も高く、プロ生活で7度3割以上を記録。しかし通算打率は.291と、「世界の盗塁王」も通算3割の壁は超えられなかった。


大毎・山内一弘

 毎日や阪神、広島でプレーした山内一弘も通算打率が3割に届いていない選手だ。長打力だけでなく高いバットコントロールの技術も兼ね備えており、1957年には打率.331で首位打者を獲得。3割到達は9回と、実働19年のうち半分近くで3割を達成しているが、通算打率は.295。通算3割には届いていないのだ。

 阪急時代の1973年に打率.337、1979年には打率.364で首位打者に輝いた加藤英司も、通算打率は.297と3割には届かず。1980年代に入るとケガや病気で調子を落とし、若手の台頭で出場機会が減ったことから打率もそれまでの成績より低下。近鉄時代の1985年は129試合に出場して打率.286と復調したが、巨人に移籍した翌1986年は再び低迷し、1987年に引退した。

平成唯一の三冠王も通算3割は達成できなかった



オリックス・谷佳知

 2000年以降に引退した選手では、オリックスや巨人でプレーした谷佳知が挙げられる。2001年にシーズン最多二塁打記録、2003年には最多安打のタイトルを獲得するなど、高いミート力とバットコントロールで安打を量産。しかし、2010年以降は調子を落とし、一度もシーズン3割は記録できず。2015年に引退し、通算打率は.297だった。


巨人・高橋由伸

 1990年代、2000年代の巨人をけん引した高橋由伸も、実は通算打率.291で3割の壁を超えられていない。「天才」と称されるほどの高い打撃力で安打、本塁打を量産し、実働18年で7度3割以上を記録。ケガの影響で規定打席に到達したシーズンが少なかったことも、通算打率に影響したのだろう。

 1990年代後半から2000年代前半にかけて西武で活躍した松井稼頭央も通算打率は3割を下回っている。西武時代は実働9年のうち7シーズンで3割を記録したが、MLBから日本に復帰後は一度も3割に届いたシーズンがなく、2013年は打率.248と、規定打席に到達した年の中では最低の成績に終わっている。


ソフトバンク・松中信彦

 平成唯一の三冠王・松中信彦も通算打率3割を超えられなかった。最多安打、最高出塁率を含めて五冠に輝いた2004年は、キャリアハイとなる打率.358を記録。4年連続3割超えなど長打力だけでなく安打も量産した選手だった。しかし、2010年以降は故障が原因で成績を落とし、プロ通算打率.296で現役を引退した。

「実は通算打率が3割を超えていない選手」を紹介した。NPB史に名を残すレジェンドや三冠王でも通算3割の壁は高かったのだ。現在の通算打率ランキングは、通算打率.326でヤクルトの青木宣親がトップ。38歳になった今も衰えを知らない活躍を見せており、さらに通算打率を上げる可能性もある。今シーズンは普段とは異なる様相を呈するシーズンとなっているが、青木がこのままレジェンドを抑えてトップを維持するのかにも注目だ。

文=中田ボンベ@dcp 写真=BBM