近鉄・中村紀洋

 1950年から2004年まで存在した近鉄の通算本塁打数トップ10は以下になる。

1位・中村紀洋 307本
2位・土井正博 305本
3位・T.ローズ 288本
4位・ブライアント 259本
5位・羽田耕一 225本
6位・栗橋茂 215本
7位・鈴木貴久 192本
8位・小川亨 162本
9位・大石大二郎 148本
10位・村上嵩幸 144本

「いてまえ打線」が代名詞の近鉄バファローズは、チーム本塁打200以上で優勝したことが複数回ある、豪快な打撃のチーム。そういうイメージが強い割に、歴代トップが307本で、3位から200本台になるというのは、意外と低調ではないか。

 振り返ってみると、本塁打王を獲得したことのある近鉄の打者は、ジョーンズ(1974、76年)、マニエル(79、80年)、ブライアント(89、93、94年)、ローズ(99、2001、03年)、中村紀洋(00年)の5人だけで、比較的短期間しか在籍しない外国人以外では、中村しかいないのである。イメージほど、ホームランバッターを輩出していなかったということだ。


近鉄・土井正博

 その歴代トップの中村は、2位の土井正博とほんの2本差だった。近鉄最終年の04年に105試合出場で19本塁打しているが、あと3本少なかったら球団トップに立っていなかったということで、危ないところだった。あるいは、「ルーキーイヤーの92年に11試合出場で2本塁打していたのがなかったら」「近鉄の消滅があと1年早かったら」やはりトップではなかったはずで、僅差の1位だった。

 3位のローズは01年に当時日本タイ記録の55本塁打をマークした大砲で、近鉄では中村と同時期に活躍した。50本以上はローズ2回(01、03年)なのに対し、中村は一度もなし。それなのに中村のほうが上回った理由は、ローズが96年入団なのに対し中村はその時点で通算30本塁打と差をつけていたこと、ローズは来日最初の3年間は本塁打20本台の中距離砲だったこと、近鉄を去ったのがローズのほうが1年早かったことが考えられる。


近鉄・T.ローズ

 ちなみに、近鉄に限らない「NPBにおける通算本塁打数」なら中村404本、土井正博465本、ローズ464本。ローズは巨人とオリックスで、土井は太平洋・クラウン・西武でもホームランバッターとして活躍した。特にローズは巨人で1回、オリックスで2回「40本超え」があった。

 しかし、5年連続30本(98〜02年)の経験がある中村は近鉄以後、NPB実働9年のうち、20本超えが2回あるだけ(中日時代の07、08年)で、他の年は20本未満。ホームランバッターとしての中村の全盛期は、明らかに近鉄時代だけだったといえよう。

写真=BBM