1983年4月16日、敵地・甲子園での阪神戦で初登板初先発初勝利を飾った巨人の槙原寛己。高卒2年目、まだ19歳だった

 1980年代のセ・リーグを振り返る企画で、元巨人で現野球解説者の槙原寛己さんにお話を聞いた。

 81年のドラフトで巨人から1位指名を受けた槙原さんは、翌82年のルーキーイヤーこそ二軍での体づくりに充てたものの(二軍では試合登板あり)、ペナントレース終了後の阪神との非公式試合で好投。これが当時の藤田元司監督の目に留まり、翌83年の春季キャンプ、オープン戦と一軍に抜擢され、アピールの機会を得る。

 ここでも好投を続けると、開幕先発ローテーション入り。4月16日の甲子園での阪神戦で一軍初のマウンドに上がり、延長10回を無失点で投げ抜いて、初登板、初先発を初完投(完封)で初勝利を手にした。

 のちに平成唯一で20世紀最後の完全試合(94年5月18日の広島戦、福岡ドーム)を達成しているが、「プロ野球人生を振り返っても、最も思い出深いのがこのプロ初登板です」と槙原さん。「ピッチャー出身の藤田監督だからこそ、10回まで投げさせてくれたと思うのですが、苦しいことがあったとき、なかなか勝ち星がつかめなかったとき、『初登板で10回を投げ抜いて勝っているんだから』と心の支えになりました」。

 最終的に83年は31試合に登板(先発は25試合)し、12勝(9敗)1セーブ、防御率3.62、124奪三振でリーグ制覇に貢献したことが認められ、新人王のタイトルを獲得しているが、以降の活躍はご存知のとおり。80年代に4度、90年代に5度の2ケタ勝利を記録するなど、20年間の現役生活で159勝を挙げているが、すべて「2年目の初登板があったからこそ」なのだそうだ。

 現在の巨人で高卒2年目右腕と言えば、開幕からローテーションを守り、ここまで7勝を挙げている戸郷翔征がいる。昨季終盤に一軍デビューし(初登板はチームが優勝に王手をかけた19年9月21日のDeNA戦)、ポストシーズンでも登板機会を経て、ここまで大きく成長した姿を見せている。

 そしてもう1人。今日、21日の広島戦(東京ドーム)に先発予定の直江大輔だ。8月23日の広島戦(マツダ広島)でプロ初登板初先発。この試合は4回を投げ切ったところで降板(1失点)、2度目の先発となった同30日の中日戦(東京ドーム)では4回二死満塁で大江竜聖のリリーフを仰いでいるが、首脳陣の評価が揺らぐことはなかった。槙原さんと同じく、150キロ超のストレートが魅力の右の本格派。3度目の先発は、果たしてどうか。

文=坂本 匠 写真=BBM