◆コービーがいなくても4度目の優勝を望んだシャック

 2000年代初頭、当時はシャキール・オニール(元オーランド・マジックほか/以下シャック)とコービー・ブライアント(元ロサンゼルス・レイカーズ)率いるレイカーズがリーグを支配し、3連覇を達成。インサイドを容赦なく蹂躙するシャックと、まだ20代前半でありながらスコアラーとして開花しつつあったコービーの2人組は、歴代屈指のデュオであると呼ばれている。

 だがそれと同時に、この2人は当時お互いに確執を抱いていたことも有名である。まだプレーヤーとして心身ともに成熟する前のコービーは、周りと距離を置いて心を閉ざし、ストイックに自分を追い込んでは偉大な選手になることを切望した。一方でシャックは仲間たちと親睦を深め、物事を楽しむことを重視していた。完璧主義者であるコービーは、時にルーズな性格でシーズン開幕までにコンディショニングをしてこないシャックに不信感と苛立ちを抱き、またシャックは何故そこまで鬼気迫るようにバスケットに打ち込むのかとコービーに疑問を抱いては敬遠した。

 お互いの性質や精神性に違いはあれど、少なくとも優勝という大きな目標は同じだったために、コート上では最高のコンビネーションをみせていたシャックとコービー。しかし、レイカーズは2004年にシャックをマイアミ・ヒートへトレードし、最終的に2人は袂を分かつことになった。その際、大きく成長を遂げていよいよチーム内で存在感を増しつつあったコービーが、自分かシャックのどちらかを選べと球団側へ圧力をかけたとも言われている。

 ヒート移籍後、シャックはそこでエースだったドウェイン・ウェイド(元ヒートほか)とともに、2006年のチャンピオンシップに輝く。その頃のシャックについて、当時チームメートだったアントワン・ウォーカー(元ボストン・セルティックスほか)が『SiriusXM NBA Radio』に出演し、以下のようにコメントしている。

「彼はコービーとともに、お互いを必要とせずにタイトルを勝ち取れるかどうかに関心を抱いていた。彼はもう一度優勝をすること、ウェイドとそれができることに胸を躍らせていた。プレッシャーを多く抱え込んでいたからこそ、本当にワクワクしていたんだ。彼は(レイカーズを)退団すること、コービーがいなくても優勝することを望んだ。そしてそれを見事に成し遂げてみせたんだ」

 シャックが一足早く4つ目のチャンピオンリングを獲得したが、のちにコービーは2010年に5回目の優勝を達成。コービーもシャックより多い優勝回数を求めるなど、チームが変わっても互いに意識しあうことが多かったようだ。また2人が現役を退いたあとは、衝突することが多かった関係性から一転して、笑顔で当時の思い出を振り返るなど、良好な関係が続いていた。そういったシャックとコービーの深い関係は、今後も色あせることはないだろう。