【#プロレス今日は何の日】

1981年5月9日 新日本プロレス 静岡県焼津大会
高田伸彦(現:高田延彦)デビュー戦!高田伸彦vs保永昇男!

高田は元々長嶋茂雄に憧れる野球少年でしたが、その後アントニオ猪木に憧れて17歳で新日本プロレスに入門。鬼軍曹の山本小鉄さんに見出され、藤原喜明、前田日明にしごかれる過酷な練習の日々を経てついにデビューを迎えた日でした。
試合では、「ドロップキックだけはやろう」と決めて臨んだものの逆エビ固めで敗戦。例に漏れず、試合中のことは全く覚えてないそうです。

しかし、練習以外にもつらいと思うことがあったと高田は言います。

高田は後のインタビューで『新弟子時代は慢性胃炎でした。普通にしていても(胃が)うずくんです。毎食、無理やり食べていたから、飯の時間が嫌で嫌で仕方なかった。ボクサーとか格闘家の「減量」って厳しいイメージがありますが、私は「いやいや、増量も厳しいよ」と言いたい。毎食が拷問でした。どんぶり飯を10杯と大量のおかずを食わされて、量が量だから夕食だけで夜7時から深夜12時くらいまでかかるんです。でもそういうことを何年か続けていたら、大したもんで体重は16キロほど増えてある程度の体(77〜78キロ)になりました』と苦労話を語っています。

高田は入門から1年弱でデビューし、一年半ほどでアントニオ猪木の付き人になりました。若者がトップスターの横で学ぶことも泣くことも多々あったことでしょう。おかげさまで、後々我々は忘れること無き名勝負の数々を見ることが出来たわけですね。

高田延彦といえば、最近プロレスや格闘技に触れたファンの方にとってはRIZINの統括本部長として、「出てこいや!」と叫んでいるイメージが強いのかなと思います。
しかし、エースとして花開いたUWFインターナショナル時代の新日本プロレスとの対抗戦やPRIDE時代のヒクソン・グレイシーとの2度の死闘。そしてそれを取り巻くUWF系の選手たちが織りなしたドラマは胸を熱くさせるものがあり、『“最強”とはなにか』を追究していた高田を中心にプロレス・格闘技界が動いていた時代は確かにありました。
引退後には、ハッスルで“高田モンスター軍”を率いる高田総統としてコミカルな一面を見せたり、ドラマや映画に俳優として出演したりと、今でも様々な形でファンを魅了させてくれる男の中の男です。

中々プロレスや格闘技の大会が行われない今、好きな選手の過去の姿を調べてみるのも面白いかもしれませんね。

今日もプロレス最高っ!


著者:AJスレンダー
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