ヘリエ・チュン、BBCニュース

最近になってドナルド・トランプ米大統領とボリス・ジョンソン英首相が相次ぎ、初めてマスク姿で公の場に登場した。

劇的な転向だ。トランプ氏はかつて、マスクを着ける他人をばかにしていたし、マスクをするのは自分への批判を意味するというようなことまで言っていた。米疾病対策センター(CDC)は、新型コロナウイルス対策に顔を覆うようすでに推奨していたのだが。

イギリス政府も当初は、市民に顔を覆うよう推奨したがらなかった。他の欧州諸国はすでに次々とそうしていたのに。

そのイギリス政府も6月になってついに、公共交通機関でのマスク着用を義務付けたし、さらには7月24日からは店舗内で顔を覆わなければ罰金を科せられることになった。

世界全体で見ると、当初は世界保健機関(WHO)を含む複数の政府当局が、新型コロナウイルス予防にマスクは効果的ではないと言っていた。しかし今となっては、屋内では顔を覆うよう推奨しているし、多くの政府はそれを義務化している。

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何が変わったのか その理由は?

ここ半年の間に、感染予防に顔を覆うよう推奨する政府の数は、かなり増えた。

3月半ばの時点では10カ国程度に過ぎなかったが、今ではアメリカの20州と130カ国以上が顔を覆うよう推奨していると、パンデミック対策として手製マスクの使用を奨励する研究者団体「Masks4All(全員にマスクを)」は言う。

マスクに対する世間の態度も変化しているという調査もある。

イギリス有数の科学者団体、英王立協会は「マスクなどで顔を覆う習慣のなかった国でも、市民の多くは急速にマスクを着けるようになった。たとえばイタリア(83.4%)、アメリカ(65.8%) 、スペイン(63.8%)など」と報告している。

新型コロナウイルスによる感染症「COVID-19」がどう広がるのか、理解が進んできたことも、こうした変化の一因のようだ。

WHOは当初、マスク着用が推奨されるのは医療従事者や、せきやくしゃみなどの症状が出ている人だけだとしていた。

しかしここ数カ月の間に、感染はしているものの無症状の人でも、周囲にウイルスをうつすことがあるというエビデンス(科学的証拠)が積みあがってきた。そしてそうした無症状の人がマスクをすると、周囲にうつす確率が下がる。WHOは6月に、マスクに関するガイダンスを変更した。

一方で、換気の悪い屋内空間では感染リスクが高まるという認識も、以前よりは広まっている。そして、空中を浮遊する微粒子が感染源になる可能性を指摘するエビデンスも、蓄積されつつある。

つまり、誰もが顔を覆うようにすれば、「最も一般的な伝染方法、つまり飛沫感染を防ぐだけでく、微粒子による感染もある程度は防ぐかもしれない」。カナダ・ケベック大学心理学部のキム・ラヴォア教授(行動医学)は言う。


「マスク着用率が高い国は、感染率が低いようだ」という観察研究の結果も増えていると、ラヴォワ教授は話す。

さらに、マスクは着けている本人だけでなく、その周りの人たちも保護するかしれないという「ある程度のエビデンス」が、すでに得られたという研究者も複数いる。

新型コロナウイルスのパンデミック(世界的流行)は長いこと続くこともあり得ると、その展望を受け入れる人は増えている。そして、もしそうだとするならば、経済活動や学校の再開に伴いリスクを軽減し、持続するパンデミックに対応するには、顔を覆うものは必要だということになるかもしれない。

「COVID-19はどこにも行かない。そしてワクチンが使えるようになるまでには、数カ月ではなく数年かかるだろう」。COVID-19関連の人間行動を研究する国際チーム「iCares」を主導してきたラヴォワ教授はこう言う。

「そのため、こうした行動原理を全て、新しい日常生活に取り込まなくてはならない」

なぜこれほど国によって態度が違うのか

各国で政府の方針は変わったものの、実際に人がマスクを積極的に着けたがるかどうかは、国によってかなり開きがある。

イタリアでは約83%、アメリカでは59%が、家の外では必ずマスクを着けるつもりだと答えているのに対して、イギリスではわずか19%でしかない。調査を実施したのは、英インペリアル・コレッジ・ロンドンの世界健康イノベーション研究所と、調査会社YouGovだ。

COVID-19に対する態度の追跡調査を作ったチームの1人で、インペリアル・コレッジ・ロンドンで医学行動を研究するサラ・P・ジョーンズ氏によると、「たとえばスペイン、フランス、イタリアに比べて、アメリカ、イギリス、カナダは相対的に、マスク着用がなかなか進んでいない」という。


マスクを着けるかどうかは、その人が病気感染をどれほど心配しているか、デメリットよりメリットが大きいと考えているか、マスクが簡単に手に入りやすいか――などの要因が関係すると、ジョーンズ氏は言う。

着用比率が急激に増えた国では、「病気が深刻で自分も感染するかもしれないと感じた人が急増」したのかもしれないし、「マスク着用がいきなり政策的に義務づけられたのかもしれない」とい。あるいは、「着けてる人が大勢いるのを目にするから、着けるのはそんなに大変ではないのかもしれない」と思う人が増えた可能性もある。

ラヴォア教授も同意見で、イタリアのようにコロナ禍に「いきなり、しかも深刻に襲われた」国では、マスク着用が受け入れられやすかったかもしれないと話す。

そして最後に、2003年の重症急性呼吸器症候群(SARS)など、呼吸器系感染症の集団感染を経験している国の人は、マスク着用が素早かった。

「東アジアでは、少し前に呼吸器系パンデミックを経験した記憶が、まだしっかり残っている。そして、マスクは良いものだという認識が、社会に広がっている」と、米サンフランシスコ大学のジェレミー・ハワード氏は言う。ハワード氏は「Masks4All」を立ち上げた1人でもある。

それに比べて、「近年の欧米は呼吸器系パンデミックを経験していない」のに加え、欧米の研究機関や国際的研究機関の多くは「東アジアの研究者をほとんどまったく無視してきた」と、ハワード氏は指摘する。

英王立協会の報告では、マスクの効果を立証する臨床試験がなかったため、多くの国が公式に推奨することをためらったという。

とは言うものの、「ひじの内側にせきをすることや社会的距離、隔離などの効果についても臨床試験は行われていない。それでもこうした予防策は効果的だと認識されて広まった」と、王立協会は指摘する。

なぜいまだにマスクをしたがらないのか

今では大半の国が、何らかの状況では顔を覆うよう、推奨したり義務づけたりしている。

それでも、COVID-19行動追跡とiCaresのデータを見ると、マスクを着けるよりも、手の除菌剤や社会的距離やこまめな手洗いの方が、感染予防策としてははるかに受け入れられ、実施されている。

この理由として、手を洗ったり、社会的距離を保ったりするのは、自分でコントロールしやすいと、そう思う人が多いからだ。ラヴォワ教授はこう言う。

これに比べて、「マスクを着けるのはもう少し複雑だ。見つけて、買って、着けて、決まった方法で捨てる必要がある。それに、着け心地は決して良くない」。

WHOや各国政府の指針が変わったことも、影響したかもしれない。

多くの政府が顔を覆うことをなかなか奨励しなかったのは、医療従事者用の個人防護具(PPE)の不足を懸念したからだというのが、多くの専門家の意見だ。しかし、感染予防に役立たなかったと言ってしまうと、政府発のメッセージに一貫性がなくなってしまう。

「言うことがばらばらだったり、データを十分に開示しなかったり、あるいは政策の決め方がまずかったりすると、政府は信頼性を失う」し、そういう政府が今になってマスクを着けるよう呼びかけても、国民はなかなか納得しないと、ラヴォワ教授は言う。

加えてハワード氏は、欧米では多くの政府が、自国の被害が甚大になるまでマスクについて手をこまねいていたと考えている。

それでも、ジョンソン首相やトランプ大統領が今になってマスクを着けるようになったことは、良い効果をもたらすかもしれないという。

「お手本のやることには、本当に効果がある」とハワード氏は言う。トランプ氏が公の場でマスクを着けてからというもの、「それまでマスク反対派だった大勢が一転して、大統領は愛国的に振る舞ったと評価している」のだと。

アメリカでまたしても感染者が急増している今、この変化は特に重要だとハワード氏は付け加えた。