「このままじゃ、AVが作れなくなる」 ベテラン監督・安達かおるが「業界改善」で苦境に立つワケ

「このままではアダルトビデオがつくれなくなる」

独自の作風で知られるベテランAV監督、安達かおるさんが、こんな危機感をつのらせている。

というのも、2018年ごろから、プロダクション(AV女優が所属する事務所)から女優を派遣されなくなったからだ。現在は、プロダクションに所属しないフリーの女優に出演してもらっているが、安定した撮影ができず、制作本数は多いときの3分の1程度に落ち込んでいる。

こうした状況を受けて、安達さんが理事をつとめる「映像制作者ネットワーク」(CCN)は今年9月、AVメーカーの業界団体「IPPA」(知的財産振興協会)から不当なあつかいを受けたとして、公正取引委員会に申し立てた。はたして、どんな背景があるのだろうか。(ライター・玖保樹鈴/編集部・山下真史)

●マニアックな作風で知られる監督、AV問題に取り組む

安達さんは30年以上にわたり、こだわりの強いマニアックな作品を撮りつづけてきた。

父親は外交官で、小学3年から6年までイランで過ごし、学生時代は戦後民主主義とベトナム戦争に批判的な立場から、学生運動にのめりこんだ。大学卒業後、友人と一緒に、AVメーカー「V&Rプランニング」(V&R)を設立した。

その半生は、自伝『遺作 V&R 破天荒AV監督のクソ人生』(三交社)にくわしいので、割愛したい。

2016年に大きく社会問題化して、業界を震撼させた「AV出演強要」にも、強い関心を持って、自分なりに向き合ってきた。

AV出演強要の典型的なケースは、若い女性が繁華街で「モデルにならないか?」「アイドルにならないか?」と、スカウトマンに声をかけられるというものだ。そして、わいせつなビデオに出演する内容の契約書を結ばされて、出演を迫られていく――。

安達さんはこれまでスカウトマンと直接の接点がなかったこともあり、「撮影現場にやってくる女性がどういう経路でやってきたのか」を深く考えたことがなかった。だからこそ、出演強要を初めて耳にした際、驚きを隠せなかったという。

「これまで女優をキャスティングしてきた自分も、出演の強要に加担していた確信を持ちました。そして強要が起きる状況を改善するためにはシステム作りも必要だが、制作者側が加害者としての意識を持つことが不可欠なのではないか。加害当事者として問題に向き合い、被害を減らそうと努めることが、何よりも大切なことだと気づきました」(安達さん)

この問題を重くとらえた安達さんは2017年以降、撮影前に撮影内容を口頭と書面で確認して、その模様を録画するようにしている。事前に説明・同意のないシーンの撮影は一切せず、出演者が「これは厳しい」と思ったら、カットの声をあげることも認めている。

さらに、撮影後でも出演料を返還するなど、一定の条件をクリアすれば、発売前でも公開を差し止めることができるような契約にした。「これですべて解決するわけではないが、出演者の人権をどう守るかについて悩み抜いた結果だ」(安達さん)という。

●「AV女優」を派遣されなくなったワケ

一方で、AV業界の改善を目指す有識者団体「AV人権倫理機構」は、「適正AV」という概念を生み出した。

同機構は「出演者の人権に適正に配慮された業務工程を経て制作され、正規の審査団体の厳格な審査を経て認証され製品化された映像」を「適正AV」と位置づけ、「将来的には『適正AV=AV』として社会認知されることを目指す」としている。

安達さんは、この「適正AV」に反発しており、V&Rは2019年11月現在も、AV人権倫理機構の審査団体に加盟していない。そのため、どんなに出演者の人権に配慮してつくったとしても、安達さんの作品は、業界のルール上「適正AV」ではない、ということになるのだ。

さらに、AV人権倫理機構に参加するIPPAは、プロダクション側に(1)IPPAの加盟業者と競合するIPPAの非加盟事業者に女優を供給しないことにする、(2)非加盟事業者に対して女優を供給したプロダクションは、IPPAの加盟事業者との取引きを停止する――と告知した。

そのため安達さんは、女優の確保が難しくなり、彼の言葉を借りるならば、「兵糧攻め」にあっているというわけだ。こうした状況を受けて、安達さんは、不当なあつかいを受けたとして、公取委に申し立てた。

●「人権を守りながら、自分がつくりたい作品をつくる」

ならば、AV人権倫理機構の審査団体に加盟すれば済む話ではないのだろうか。そもそも、「適正AV」ではない作品をつくること自体に問題があるのではないか。

「現状では、作品の表現内容いかんではなく、審査団体の審査を受けたかどうかで適正かどうかが決まる。それでは審査を通すことが目的となってしまう。人権を守りながらも、自分がつくりたい作品をつくるためには、忖度は必要ない。それだけが理由です」(安達さん)

IPPAのホームページによると、あくまでも「適正AV」とは、女優の人権に配慮した過程で制作され、正規の審査団体の審査を受けた作品のことであり、作品の表現内容に関して指すものではないという。

では、どんなものが審査外になってしまうのか。CCNの会員で、自社サイトでアダルト作品を制作している「滋味編」さんによると、たとえば企業名が映り込んでいるものも、審査外になってしまうそうだ。

「街中の景色を入れたいと思っても、ファッション量販店の看板など、企業名がわかるものが映っていると『モザイクをかけてほしい』と言われます。これではリアリティが追求できないし、ストーリー性のある作品がつくれません。

僕がつくりたいのは、えんえんとセックスシーンをみせるだけのAVではなく、セックスシーンがある『物語』です。女性を暴行してケガを負わせるような内容が規制されるならまだしも、どの街で撮影したかがわかるだけで『モザイクを!』と言われてしまうのでは、表現の幅が狭くなってしまう。

僕は法律違反をしたいわけでも、人権侵害したいわけでもありません。ただ、撮りたいものを撮りたいだけなんです」(滋味編さん)

出演者の心身に負担をかけるような撮影内容を問うのではなく、風景を入れられないといった規制が、はたして人権への配慮なのか。たしかに疑問が残る。

とはいえ、滋味編さんは、2019年に入って1本も撮影できていない状況であったことから、この秋に審査団体に加盟したという。

●性は誰もが当事者あり、汚いものではない

AV出演強要をめぐっては、これまで労働者派遣法違反や淫行勧誘罪、職業安定法違反などによる摘発がある。条文には以下のように書かれているが、裁判例では、AV女優の仕事は「有害業務」とみなされている。

労働者派遣法58条:公衆衛生又は公衆道徳上有害な業務に就かせる目的で労働者派遣をした者は、1年以上10年以下の懲役又は20円以上300万円以下の罰金に処する

職業安定法63条2項:公衆衛生又は公衆道徳上有害な業務に就かせる目的で、職業紹介、労働者の募集若しくは労働者の供給を行つた者又はこれらに従事した者は、これを1年以上10年以下の懲役又は20万円以上300万円以下の罰金に処する

その大きな理由が、撮影現場で、「本番」の性交をおこなっているからだ。

しかし、安達さんの作品にはそもそも、性交シーンはない。また出演料のために不承不承出ているのではく、自分の意思で出演したいという女性は確実にいると、安達さんも滋味編さんも声をそろえる。

「今までのAVは、たしかに男性の価値観でつくられたもので女性を抑圧していたのは事実です。また女性が性について語ったり、性を解放することははしたないという風潮もありました。

しかし、性は、誰もが当事者だし、決して汚いものではない。だから女優が作品内容に意見を言い、制作に参加することで、AVのあり方が変わっていくだろうし、それがひいては女性の人権を守ることにつながるのではないかと思います。

そのためには『儲かるから』ではなく『いい作品をつくりたい』と願う人たちが、AVに関わる必要があると思います」(滋味編さん)

●安達監督が目指す先は・・・

CCNは、出演者を個人事業主として直接契約する「エージェント制」の導入と、女優も編集に立ち会える仕組み作りを目指している。

現在はまだ会員や外部有識者とのワーキンググループを立ち上げた段階ながらも、ギャラの総額を開示して本人と交渉するエージェント制の導入は「出演者にとってもメリットがある」と安達さんは胸を張る。

AV出演強要が社会問題化してから3年が経ち、業界の枠組みは大きく変わった。その一方で、「囲い込み」と取られかねないシステムが生まれて、エロスの表現にこだわってきた監督たちが追い込まれている。

出演者の人権を守りながら「本当に好きなものをつくっていく」ことを両立させるためにも、よりフェアでクリアな環境の整備も考えていく必要があるだろう。


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