トヨタ検討中の新制度は「裁量労働ではなく固定残業代」、佐々木弁護士が報道に疑問

「トヨタが裁量労働を拡大」ーー。7月2日に日本経済新聞などが報じたニュースに対し、労働問題にくわしい弁護士から疑問の声が上がっている。実態は「固定残業代制」などを組み合わせたものなのに、法律で定められた「裁量労働制」と誤解を招く表現になっているからだ。

政府は秋の臨時国会で、裁量労働制(企画業務型)の拡大などを盛り込んだ、労働基準法の改正を目指している。これに対し、労働組合などは「残業代ゼロ法案」と反対している。

ブラック企業被害対策弁護団代表の佐々木亮弁護士は、「マスコミは、一般の言葉として『裁量労働』を使ったのかもしれませんが、法律上の制度に『裁量労働』がある。報道はミスリードだと思います」と、不信感を露わにしている。

●トヨタは「裁量労働制ではありません」とコメント

このニュースは、トヨタが今年12月を目標に、社員の働き方の自由度を高める施策を検討しているというもの。

具体的には、総合職(管理職は除く)の半数を対象に、本人が望めば、残業時間にかかわらず、月17万円ほど(残業45時間に相当)を支給する制度だという。超過した分については別途、支払い、一定の条件下で在宅勤務も認める。

この制度について、新聞・テレビは軒並み「裁量労働の拡大」と表現。残業の実態にかかわらず、残業代が支払われることから、日本経済新聞は「脱時間給」とも報じていた。

しかし、法律上の「裁量労働」には、高い専門性を有する労働者にしか適用できないなど、厳しい要件があり、簡単に対象を拡大できるものではない。今回のような方法で、みなし残業代を設定するのは「固定残業代制」といって、すでに広く導入されているものだ。

トヨタ広報も、弁護士ドットコムニュースの取材に対し、「法律に定められた裁量労働制ではありません。フレックスタイム制をベースに、社員の働き方の自由度を高めた制度を検討しています。詳細はこれから詰めていくところです」とコメントしている。

●政府は「残業代払いたくない」と正直に明かした上で議論を

裁量労働制や固定残業代制については、誤解が多くあるという。佐々木弁護士に話を聞いた。

ーーそもそも裁量労働制とはどういう制度?

簡単に言うと、5分しか働いていなくても、1日働いたことになる制度です。逆に、長時間働いても一定の時間しか働いていないとみなされる制度です。建前では、いつ来ても、いつ帰っても良いことになります。また、遅刻・早退、所定労働時間といった概念が基本的になくなります。与えられた仕事が終わりさえすればよく、仕事の進め方も労働者の自由です。

しかし、実際には、そんな仕事はほとんどありません。よほど仕事内容がはっきりしていたり、仕事量が適切だったりしない限りは難しいでしょう。実際、私は弁護士として、現実には裁量のない人が、裁量労働制にされている現場を良く見てきました。

企業にとっては、裁量労働制を導入すれば、深夜・休日勤務分を除いて、毎月定額の給与を支払えば済むというメリットがあり、残業代カットとして使われることが多いのです。

ーー今回のトヨタの施策は、どのように見たら良い?

制度の詳細は分かりませんが、残業代の部分は普通の「固定残業代」でしょう。

固定残業代とは、一定の残業時間に対する残業代を支払うという制度で、実際の残業時間がその時間に満たなくても支払われる制度です。もし固定残業代が想定する残業時間を超えて残業をした場合は、その分の残業代を支払う必要があります。対象は制限されておらず、裁量の有無とは関係なく、労働契約や就業規則に定めれば導入することができてしまいます。

本来、この制度は企業にとってメリットがありません。「固定残業代」の想定する労働時間を超えて働いた分は、別途残業代の支払いが必要になるため、真面目に運用すれば実態以上の残業代を支払うことになるからです。

ところが、現実はいくら残業しても、固定残業代以上の支払いがないということが「ブラック企業」で横行しています。

また、固定残業代が賃金に入ると、通常労働に対する賃金額が分かりにくくなり、低賃金の蔓延を招きます。さらに、固定残業代だけを払えばよい、という誤解から、使用者の労働時間管理がおろそかになり、長時間労働を誘発し、労働者の健康を害することにもなります。

トヨタの場合は、すべては、制度が適切に運用された上での話ですが、月間所定労働時間を超えたところから月45時間の残業までは、社員は1時間の残業だったとしても45時間分の賃金(残業代)がもらえることになりますので、それだけを見ればメリットといえるでしょう。しかし、月45時間を超えた部分は現状と変わりません。

ここで注意が必要なのは、月45時間は残業させて良い/残業しないといけない、という意識があれば、むしろ今以上に長時間労働に傾いてしまう可能性があるということです。労働時間の退縮を図りたいのであれば、これとは別に時短につながるメッセージを発信していかなければ意味がないと言えます。

ーー現行法の枠組みの中で、働き方の柔軟性を高めることはできる?

現行法では、労働者に有利な条件を結ぶことは原則禁止されていません。たとえば、与えられた仕事を終えれば定時前に帰ってもよく、もし所定労働時間に満たなくても、給与を満額払うという内容で合意しても、全く問題ありません。

また、評価制度に規制はないので、成果主義的な賃金体系を取ることは制限されていません。現行法でも、働き方や評価の柔軟性は高めることができます。したがって、何か新しい法制度を導入しないと、これらができないというのは全くのウソです。

政府や経営者側は、柔軟な働き方だとか、脱時間給だとか、耳触りの良い言葉でごまかして、いわゆる「残業代ゼロ」法案(労基法改正案)の成立を目論んでいます。しかし、本音は「残業代を払いたくない」というところにあるはずですから、正直に本音を明かした上で、きちんと議論をしていくべきでしょう。

(弁護士ドットコムニュース)

【取材協力弁護士】
佐々木 亮(ささき・りょう)弁護士
東京都立大学法学部法律学科卒。司法修習第56期。2003年弁護士登録。東京弁護士会所属。東京弁護士会労働法制特別委員会に所属するなど、労働問題に強い。
事務所名:旬報法律事務所
事務所URL:http://junpo.org/labor

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