広島カープファンを急増させたメカニズム…プロ野球の「熱狂」から学ぶべきこと

広島カープファンを急増させたメカニズム…プロ野球の「熱狂」から学ぶべきこと

●「熱狂」が消費者を動かす時代

 あなたは最近、何に「熱狂」しているでしょうか?

 筆者がこの原稿を書いている時点では、ポケモンGO、映画『シン・ゴジラ』、あるいはリオ五輪などが候補に上がりそうです。なかには、終盤を迎えたプロ野球のペナントレースに一喜一憂している人もいるでしょう。何を隠そう、筆者もその一人です。多くのファンが熱狂し球場が満員になり、関連する消費活動が刺激されることで、プロ野球ビジネスは活性化します。

 顧客の熱狂が重要なのは、エンタテインメントやスポーツに限った話ではありません。熱狂的な顧客が持続的に存在することで成功した典型例が、米アップルではないでしょうか。新製品が発売されるたびに、熱狂的な顧客がアップルストアに行列をつくります。彼らはアップル製品の素晴らしさを周囲に説き、ネガティブなクチコミの火消しに回るエヴァンジェリスト(伝道師)やアンバサダー(大使)として働きます。

 丸の内ブランドフォーラムの片平秀貴代表は、従来マーケティング業界で支配的だったAIDMAに代わるパラダイムとしてAIDEESを提案しています【註1】。AIDMAは、顧客が注意(Attention)−興味(Interest)−欲求(Desire)−記憶(Memory)−購入(Action)というステップで意思決定すると考えます。それに対してAIDEESは、AIDMAの後半の3つを経験(Experience)−感動・心酔(Enthusiasm)−共有(Share)に置き換えます。

 Enthusiasmは「熱狂・熱中」と訳すこともできます。顧客が「経験」を通じて対象に「熱狂」し、その経験を周囲と「共有」するプロセスを繰り返すなら、そのビジネスの基盤は強靭になります。

 では、そうなるにはどのような条件が必要でしょうか。それを考える事例として、日本のプロ野球を取り上げたいと思います。そこには顧客の熱狂を基盤とした、ボトムアップ型マーケティングのヒントが多く潜んでいると考えるからです。

 筆者は最近、他の研究者とともに『プロ野球「熱狂」の経営科学』と題する本を上梓しました【註2】。そこでは、マーケティング、心理学、経営学など多様な分野の研究者が、プロ野球への熱狂現象に関してデータを駆使した分析を行っています。今回の「マーケティングの進化学」では、この本で扱われた話題の一部を簡単に紹介しながら、熱狂のマーケティングがいかに可能なるかについて考えてみたいと思います。

●プロ野球市場をもっと成長させるには

 日本のプロ野球の市場(チケット代金、放映権料、スポンサー料、グッズ販売金額など)は2010年の時点で1,200億円といわれています【註3】。元プロ野球選手で、福岡ソフトバンクホークスの経営幹部も務めた江戸川大学の小林至教授は、日本のプロ野球の市場規模は米国に比べて規模がはるかに小さいと指摘しています【註4】。いいかえれば、日本のプロ野球市場には、まだ成長の余地が残されているということです。

 プロ野球市場を成長させる基本的な方策は、観客の数を増やすことと、観客一人当たりの収益を増やすことです。観客一人当たりの収益が増えるには、チケットの平均購入価格が上昇したり、球場内でのグッズ購入や飲食支出が増加したりすることが望まれます。観客の範囲を球場外まで広げれば、放送権料収入を増やす戦略も考えられますが、ここでは球場でのマーケティング活動に話を限定することにします。

 球場の観客数は、球場の収容人員に制約されます。日本のプロ野球の各球団について、主催試合での平均観客数の推移を図示したのが図表1です。そこに示された昨年までの動向を踏まえると、各球団を以下のように分けることができそうです。

(1)観客数が球場の収容人員の上限にほぼ達し、増加する余地のない巨人・阪神
(2)観客が増加し続け、収容人員の上限に近づきつつあるソフトバンク・広島・DeNA
(3)最近観客は増えているが、収容人員から見てまだ余裕のある楽天・オリックス
(4)このところ観客数が伸び悩み、収容人員にかなり余裕がある上記以外の球団

(1)に分類される巨人・阪神は、観客数を維持しつつ、観客一人当たりの収益を向上させることになります。(2)のソフトバンク・広島・DeNAは、観客数の拡大だけでなく、観客一人当たり収益にも目を向ける段階にきています。残りの球団は、いまは観客一人当たり収益より観客数を優先すべきでしょう。球場が多くの観客で活気づいてこそ、来場者が高価な座席や応援グッズを求めるようになると考えられるからです。

 私たちの行った調査では、広島ファンの熱狂度は巨人・阪神ファンよりも高く、グッズ購入もより活発なことがわかっています(詳細は『プロ野球「熱狂」の経営科学』)。つまり、熱狂が観客数だけでなく観客一人当たりの収益を向上させる可能性が示されています。では、何が熱狂的な広島ファンを増加させたのでしょうか。それを考えるためのキーワードは「カープ女子」ということばです。

●「カープ女子」はいつ、どのように発生したか

「カープ女子」ということばをGoogle Trendで調べると、13年の9月末に初めて検索語として登場し始めたことがわかります。実はこの時期にNHK『ニュースウォッチ9』が広島ファンの若い女性を「カープ女子」と呼び、首都圏で彼女たちが増えていると報じたのです。したがって、カープ女子の増加という現象は、遅くとも13年の夏、あるいはそれ以前に生じていた可能性がありそうです。

 13年は、広島球団が初めてクライマックスシリーズ(CS)に進出した年です(CS が始まったのは07年)。それだけ聞くとチームが強くなったから人気が出たように思えます。しかし、図表2を見ると、神宮球場で対広島戦の観客が他の試合以上に増え始めたのは11年で、13年はむしろ前年と変わりません。つまりCSに出場する数年前から、関東で広島ファンが増加し始めているのです。

 いうまでもなく、神宮球場の対広島戦で増えた観客には、ヤクルト・ファンも含まれているはずです。しかし、ヤクルト・ファンが特に対広島戦を好んで観戦するとは思えません。だとすると、対広島戦で観客が他球団と対戦する場合より増えたのは、広島ファンが増えたためと考えるのが自然です。ただし、観客の性別・年齢がわかるデータがないので、増えた広島ファンのなかで若い女性が多かったかどうかまではわかりません。

 図表2で興味深いのは、広島のホーム球場であるマツダスタジアムの平均観客数(すべての対戦カード)が増え始めたのは14年で、神宮球場より数年遅れていることです。つまり、広島カープに対する熱狂の昂まりはまず関東で発生し、それから数年経って地元に波及したかのように見えます。いずれにしろ、これら一連の動きは球団の働きかけによって生じたというより、ファンの間からボトムアップに発生した可能性が高そうです。

 もちろん、広島球団もこうした動きを踏まえたマーケティングを展開しています。14年には、関東の女性ファンの応募者から抽選で148名を選び、東京-広島間の新幹線代を負担するマツダスタジアム観戦ツアーを実施しました【註5】。関東で広島ファンが増えても、マツダスタジアムまで観戦に来てくれなければ、球団の収入にはなりません。関東での熱狂が地元に波及して、本拠地での観客数が増える効果も期待できます。

 他のプロ野球球団も負けじと女性ファンの獲得に乗り出しているようです【註6】。ただし、ファンの熱狂が今後とも持続していかなければ、投資の元を取ることはできません。広島の場合、ファンの熱狂がもともとボトムアップに生まれた点に有利さがあります。では、なぜ広島ファンにそれが生まれたのかを考えるには、広島ファンの特性について深く調べてみる必要があります。

●広島ファンにはどのような特徴があるのか

 私たちが行ったプロ野球ファンの調査では、巨人ファンは関東地方、阪神ファンは関西地方、広島ファンは中国地方の出身者・居住者が多いことが確認されました。応援球団が出身地や居住地に強く影響されるのは、別に驚くような話ではありません。

 マーケティング上重要なのは、それだけでは決まらない部分です。大阪で生まれ育ち、いまは東京に住み、広島に住んだことはなく親戚もいないが、熱狂的な広島ファンも存在するからです。

 広島ファンには、巨人・阪神ファンより平均年齢が低く、ファン歴が短かいという特徴があります。球場での観戦回数や性別を調整してもこの傾向は変わりません。これは、比較的最近広島ファンになった人が、巨人・阪神ファンに比べて相対的に多いことを意味しています。ファンの新陳代謝が進んでいるといってもよいでしょう。逆に巨人・阪神ファンは、このままいくと高齢化(エイジング)が進む可能性がなきにしもあらずです。

 調査の結果、この3球団のファンの間には、プロ野球に何を期待するかに差があることがわかりました。「遊び」を以下の4つの要素で分類する、カイヨワという社会学者の枠組みに沿って、期待する価値の差を探ってみることにしましょう。

(1)競争(アゴン)  …相手に勝利する喜び
(2)運(アレア)   …偶然・不確実性の喜び
(3)模倣(ミミクリ) …形式・型に従う喜び
(4)眩暈(イリンクス)…没我的な陶酔・恍惚

 巨人ファンがプロ野球観戦でもっぱら期待するのは、競争に勝つことです。特に「大差で勝つ」ことや「最後に勝つ」ことを重視しています。巨人ファンほどではないにしろ、阪神ファンにも同様の傾向が見られます。広島ファンもまた勝利を求めますが、その程度は巨人(あるいは阪神)ファンほどではありません(ただし「強い相手に勝つ」ことについては、広島ファンは阪神ファンと同様のこだわりが見られます)。

 広島ファンに特徴的なのは、カイヨワの枠組では模倣や眩暈に分類される要素を重視していることです。具体的には「選手の統率のとれたプレイ」「選手とファンが一体となった感覚」「ファンが一体となり、共鳴し合った感覚」を、巨人・阪神ファンよりも強く期待しています。後者の2つは、野球という競技から直接生じる価値ではなく、ファン自身が行う応援という、派生的な行為から生じる価値といえます。

●「共創」によって熱狂が増幅する

 観客を熱狂させるには応援球団が勝ち続けるのが一番ですが、勝敗は観客の手を離れたところで決まります。他方、一体となった応援に参加することから得られる模倣や眩暈の感覚は、ファンにとって確実に手に入るものです。もちろん、敗北があまりに繰り返されると応援意欲が萎えてきます。しかし、連敗のあとの1勝には、連勝中の1勝より大きな喜びがあるのも事実です。それを経験してしまうと、ファンはやめられなくなります。

 こう考えると、広島ファンの熱狂度が高い理由のひとつが見えてきます。彼らは、広島ファン独自の一体感のある応援に参加することで、勝敗をめぐる競争とは別の価値、模倣や眩暈の価値を享受していると考えられます。それは勝敗がもたらす価値に比べ確実性があり持続的です。参加する仲間が増えるほど、それらの経験を共有する喜びが倍加することも無視できません。AIDEESのサイクルが回ることで、熱狂が高まっていくわけです。

 別の言い方をすれば、プロ野球観戦の価値づくりに、観客もまた参加しているということです。これは、最近マーケティングで「価値共創」といわれている概念に他なりません。選手の活躍を眺めているだけでは、価値は与えられるだけのものです。しかし、ファンが一体となって、独特のスタイルで熱烈に応援するなら、価値を自ら創り出すことができます。

 しかし、一体となった独自の応援スタイルなら、他の球団にもあるはずだと思う読者もいるでしょう。確かにその通りですが、広島ファンのほうが、自分たちが価値づくりに参加しているという感覚がより強いと思われます。広島球団が創立された1950年代に、経営的に行き詰まった球団を救うために広島市民が行った「樽募金」のエピソードが、それを物語っています。そして、関東における勝手連的なファンの増加も同様です。

 もうひとつ指摘しておきたいのは、ファンが一体となった応援がなされているだけでは、熱狂は拡大しないと考えられることです。広島の場合長い低迷期を経て、最近少しずつ戦力アップしていることが、応援者にやりがいをもたらしているように思われます。入団前は決して有名でなかった若手選手が成長していく姿に、自分たちが育てたような感覚を抱いているのかもしれません。それはまさに「共創」の感覚です。

 ファンがボトムアップに熱狂的な応援を続け、選手も日々成長して成績が向上していくと、ファンの熱狂がさらに高まるという好循環を生みます。観客増やグッズの売上増は、戦力の強化に投資され、これも好循環となります。このサイクルをできる限り長く持続させるには、あくまで共創の感覚を大事にしたマーケティングを展開すべきでしょう。

 プロ野球に見られる「熱狂」をいかにマネジメントするかには、他にもいろいろな興味深い側面があります。すでにご紹介したデータによる裏づけを含め、ご関心のある方はぜひ『プロ野球「熱狂」の経営科学』をお読みいただければと思います。
(文=水野誠/明治大学商学部教授)

【註1】片平秀貴「消費行動モデルはAIDMAから AIDEES の時代へ」『日経BP LAP』18(2006年6月号)
【註2】水野誠、三浦麻子、稲水伸行編著『プロ野球「熱狂」の経営科学??ファン心理とスポーツビジネス』東京大学出版会, 2016年.
【註3】「スポーツビジネス徹底解明」週刊東洋経済, 2010年5月15日号(第6260号) :
【註4】小林至『スポーツの経営学 2020年に向けてのビジネス戦略を考える』PHP研究所, 2015年
【註5】「関東カープ女子148名を感激させた、広島球団の営業戦略」日刊SPA! 2014年5月12日付 
【註6】「プロ野球球団、なぜ女性ファン獲得に躍起?カープ女子で巨額経済効果、カープの経営戦略」Business Journal 2014年7月18日付


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