(ブルームバーグ): 日産自動車元会長カルロス・ゴーン被告のレバノンへの逃亡が実現したのは、同被告自身が猛烈に批判する日本の司法のおかげかもしれない。人権尊重の観点から弁護側の保釈請求が認められやすくなっているためだ。

  一方で、保釈中の犯罪件数は増加する傾向にある。本来であれば勾留しておくべき被告人までも保釈しているとの批判もあり、保釈の判断基準を見直す動きが出ている。

  ゴーン被告の逃亡劇について、元検事の高井康行弁護士は「出入国管理体制が問題になっているが、それ以前に莫大(ばくだい)な資産があり、逃亡先の確保も容易な外国籍の人物を保釈したことが問題だった」と指摘する。

  弁護人との間に信頼関係があるために逃亡しないだろうと考えた裁判所の判断は「結果的にお人よしだった」とし、「保釈件数の増加に伴い、勾留すべき被告人を保釈する例が目につくようになった」と懸念を示した。

  保釈の請求に対して裁判所が許可した割合は、2008年の15%から18年には34%と倍増。千葉日報の報道によると、17年には覚せい剤の営利目的所持などの罪で起訴されて保釈中だった被告が判決公判前に海外逃亡した例もあった。

  保釈中の再犯も増えている。犯罪白書によると、18年に保釈中に別の罪で起訴された被告は258人と08年の102人から約2.5倍に増えた。19年には保釈中に殺人事件を起こしたとして逮捕された例も複数あった。

  保釈の判断基準が緩和するきっかけとなったのが、06年当時、裁判官だった松本芳希・京都大学教授が発表した論文だとされる。証拠隠滅の可能性を個別具体的に判断すべきだとし、保釈の基準が過度に厳格に運用されていることに警鐘を鳴らした。

  法務省関係者によると、保釈率の上昇とともに判断が主観的なものになっていなかったかどうか今後検討していく方針だという。ゴーン被告の件など実際の逃亡事案を考慮に入れ判断していくことになるとの見通しを示した。

  これに対し、龍谷大学の斎藤司教授(刑事訴訟法)は「保釈基準の緩和は、裁判の迅速化と人権尊重の双方の観点から妥当で、さらに拡大すべきだ」と話す。「むしろゴーン被告の極端な事案をきっかけに法制度がガラッと変わることになれば問題だ」と懸念を示した。

  保釈中に被告が逃亡すれば税金を投入し再び行方を追うことになる。責任は誰が取るのか。高井弁護士は「裁判所、検察などどこの責任が大きいかは個別のケースによって違う」とした上で、今回の場合、検察側が保釈に反対する中で「弁護団が異例の保釈条件をゴーン被告に履行させると約束して保釈決定に結びつけた。少なくとも弁護団に道義的責任はあるだろう」との見方を示した。

  ゴーン被告の弁護人を務める弘中惇一郎弁護士にコメントを求めたものの、回答は得られていない。弁護団の一員である高野隆弁護士は4日付のブログで、個人的な意見とした上で、ゴーン被告がこの1年余りの間に見てきた日本の司法とそれを取り巻く環境を考慮すると、密出国を暴挙、裏切り、犯罪と言って「全否定することはできない」とつづった。

  一方、海外逃亡によってメンツをつぶされた格好の日本政府は再発防止策を急ぐ。森雅子法相は7日の会見で「昨年来、実刑判決が確定した者や、保釈中の被告人の逃亡事案が相次いでいることは誠に遺憾」と発言。法制度の改正を視野に法制審議会への諮問を検討していると明かした。保釈中の被告人に対する衛星利用測位システム(GPS)の装着も「議題の一つ」としている。

  GPS装着を巡っては人権侵害との批判も根強いが、斎藤教授は「身体拘束の方がより害悪が大きいので、対象者の同意などを条件に認めてもいいと思う」と指摘。高井弁護士は「GPSだけでは位置しか分からず、証拠隠滅は防げないので、通信の傍受を認めたり、捜査機関が24時間態勢で張り付くことを認めたりするなどの対策が必要ではないか」との考えを示した。

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