(ブルームバーグ): 年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)の新たな運用担当理事兼最高投資責任者(CIO)として4月に就任した植田栄治氏。米ゴールドマン・サックス・グループのトレーディング部門という秘密のベールに包まれた世界で30年近いキャリアを積み重ねてきた。

  リンクトインには植田氏(52)名義のアカウントは見当たらず、ゴールドマンのウェブサイトにも活躍の痕跡はほとんど残っていない。巨大組織に新風をもたらした水野弘道氏に代わり、新型コロナウイルスの感染拡大を背景に世界の金融市場が混乱する中で運用資産169兆円の舵取りを担う同氏への注目度は高い。

  ブルームバーグが植田氏をよく知る6人に聞いたところ、冷静な手腕と国内外の債券取引に関する豊富な知識、日本の保守的な組織を運営する能力にたける人物像が浮かんできた。前任者の水野氏はGPIFにとって空前絶後の資産構成変更や環境・社会・企業統治(ESG)を重視する投資などを推進したが、植田氏は几帳面で堅実な手法を取る可能性が高い。

  植田氏が東京大学を卒業してゴールドマン・サックス証券の東京支店に入社したのはバブル経済の崩壊が始まった1991年。外国債券のトレーディングに従事した後、ニューヨークで米国債を担当。帰国後、2009年には債券・為替・コモディティ部門の共同責任者に就任し、12年からは同証券のアジア太平洋地域の共同統括責任者を務めた。

  マネックスグループの松本大社長はゴールドマン時代に直属の部下だった植田氏を「すごい頑張り屋」で、調査分析に熱心なトレーダーだったと振り返る。ニューヨークでの米国債担当はさまざまな投資家と渡り合わなくてはならない「大きなチャレンジ」だったが、やり遂げて周囲の評価を勝ち取ったという。植田氏には自分の限界をわきまえ、知らないことは他者の意見に耳を傾ける面もあったと述べた。

  GPIFは今年度から使用する新たな資産構成の目標値で外国債券の割合を従来の15%から25%に引き上げた。昨年末時点で19%強だったので、その後の積み増し分も含めて10兆円規模の増加余地がある。シンガポールのフィンテック企業、スマートカーマのアナリストを務めるトラビス・ランディー氏は、経験豊富な植田氏がリスクと流動性に留意しながら保有資産割合を修正していくと予想する。

  ウィズダムツリー・ジャパンのシニア・アドバイザー、イェスパー・コール氏は、植田氏は日本国債の取引で実績や発言力がある「インサイダーとして一目置かれていた」と指摘する。

  債券分野に強い植田氏にとっての挑戦は年金積立金の約半分を占める株式かもしれない。市場ではGPIFが公的年金制度の持続性確保に貢献するにはリスク性資産への投資が必要だとの見方が多いが、最近のように株価が大幅に下落する局面では国民からの批判にさらされる恐れがあるからだ。

  投資家は植田氏が前任の水野氏の路線を踏襲するか否かにも注目している。水野氏はGPIFが株式運用を大幅に増やす改革に深くかかわったほか、ESG投資の熱心な推進者だった。短期的な利益志向を批判し、株式の空売りにつながる外国株式の貸株停止も打ち出した。

  コール氏は水野氏が全く新しいGPIFを創造し、そのレベル向上のために戦った「改革」者なら、植田氏は議論の余地がない「改善」の師範だと評価。これからのGPIFに必要なのは堅実な手腕であり、植田氏はまさにそれを持っている人物だと語った。

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