(ブルームバーグ): 香港一の富豪、李嘉誠氏は香港民主化運動の隠れ支持者であり、中国に対する裏切り者だとして「ゴキブリの王」と呼ばれる一方で、米国のトランプ政権とその同盟国は李氏を中国共産党に忠誠を誓う人物で、極めて重要なインフラ事業は任せられないと考えている。

  中国と欧米の間に広がるあつれきの板挟みとなっている李氏にとって、双方共に満足させることはかつてないほど困難だ。91歳の李氏が築き上げた企業帝国は、多くの人々が「新冷戦」と呼ぶ今の状況に国際的な企業がどう対応すべきかを示す重要な指針となっている。

  株価が何らかの方向性を示すなら、李氏がうまく乗り切る可能性は日ごとに小さくなっている。李氏のコングロマリットで最大の企業、長江和記実業(CKハチソン・ホールディングス)は現在、純資産価値の半分以下で推移。ここ1年間で30%値下がりしている。香港株の指標ハンセン指数は7%下落だ。

  李氏は常に香港および中国本土と密接な関係にあるが、CKハチソンは総売上高の8割以上を海外から得ている。そして収入源の大半はエネルギーやインフラ、通信、港湾といった重要産業だ。このことは李氏のコングロマリットが、英銀HSBCホールディングスなどと共に、中国と欧米の双方で大きな存在感を持つ大半の多国籍企業と比べ、より一層厳しい政治的検証の対象となることを意味している。

  香港大学でマネジメント戦略を教えているジャッキー・ヤン氏は「微妙な綱渡りだ」と述べた上で、李氏は「欧米各国の監督当局に中国政府と密接に結び付いているとは見られたくない」と指摘する。

  だがCKハチソンの関連会社が5月にイスラエルの海水淡水化プラント入札に敗れたことに、李氏の「中国コネクション」が関係している可能性がある。

  イスラエル主要紙の1つはポンペオ米国務長官がネタニヤフ首相にCKハチソンの入札参加への米国の懸念を伝えたと報道。ポンペオ長官が「イスラエルのインフラへのアクセスを中国共産党が持つことを望んでいない」とテレビインタビューで述べた約2週間後、イスラエル企業のプラント落札が決まった。CKハチソンはこの案件についてコメントを控えた。

  こうしたことは初めてではない。2018年にはオーストラリアのガスパイプライン運営会社APAグループを買収する計画が安全保障懸念から阻止された。

  中国本土で生まれ、日中戦争を逃れるため少年時代に香港に移り住んだ李氏の中国共産党との関係は複雑だ。中国が改革開放政策に着手し、香港の支援を必要としていた時には中国指導部との友好関係を築いていたことで知られているが、習近平共産党総書記が2013年に国家主席に就任して以後は、そうした関係は薄れているようだ。中国国営メディアによれば、李氏は鄧小平氏、江沢民氏、胡錦濤氏という3人の歴代最高指導者と個人的に会談しているが、習主席と2人だけで会ったことがあるかどうかは分からない。

  コングロマリット再編でCKハチソンと長江実業集団(CKアセット・ホールディングス)が香港ではなくケイマン諸島に登記された2015年以降、李氏は中国国営メディアの批判にさらされている。李氏の企業が上海の不動産を手放していると報じられたこともあり、人民日報や新華社通信系のシンクタンクは李氏の中国への忠誠心に疑問を呈した。

  香港で数カ月にわたり中国による統制強化に反対する抗議活動が続いた昨年、李氏は再び中国の怒りを買った。他の実業界の大物が政府の立場を支持する一方で、李氏は街頭での暴力停止を求めただけでなく、自由と寛容、法の支配を強調したと広く受け止められたためだ。共産党中央政法委員会は李氏が「犯罪を助長」していると非難。1人の全国人民代表大会(全人代、国会に相当)香港代表はフェイスブックで「ゴキブリの王」と李氏をやゆした。抗議行動を取り締まる際、警官がデモ参加者に対し「ゴキブリ」という言葉を投げつけたことを踏まえた投稿だった。

  CKグループの担当者は、政治的な監視が厳しくなっていることや国営メディアと親中派政治家による批判に関する質問には答えなかった。スポークスマンは電子メールで、CKハチソンが5月14日に開いた株主総会での、李氏の長男である李沢鉅(ビクター・リー)会長の発言を参照するよう求めた。

  李会長は米中の貿易摩擦はグループの通信・インフラ・小売り事業にほとんど影響がなく、港湾事業への影響はまだ分からないと説明。その上で「何年にもわたり、グループは安定した継続的な所得を増やす戦略に乗り出しており、その戦略の価値は立証されている」とし、 「グループのキャッシュフローは力強く、多くの課題に取り組む準備ができている」と語った。

  ブルームバーグ・ビリオネア指数によれば、李嘉誠氏の資産は290億ドル(約3兆1200億円)。

  李氏のコングロマリットについて、香港大のヤン氏はインフラのような規制の厳しいセクターではなく、政治的な扱いがそれほど難しくない小売りなどの事業に焦点を絞る必要が生じる可能性があると分析。「地政学的な緊張が高まる中で、政治の砲火を浴び続けるリスクもある」と話した。

(最終段落に香港大ヤン氏のコメントを追加して更新します)

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